【山本龍星・滋賀】名刺入れが僕に“仕事のスピード”を問いかけてきた午後

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名刺入れというものが、これほどまでに静かにプレッシャーを放つ存在だと気付いたのは、外出先でクライアントと打ち合わせを終えた帰り道だった。いつもならカバンの同じ場所に滑り込ませるだけなのに、その日は手に持ったまましばらく視線を落としていた。名刺入れの角が光を反射して、まるで言葉を発さないままこちらに何かを促しているようだった。

たくさんのプロジェクトを並行して走らせていると、どうしても自分の中で速度のギアが崩れる瞬間がある。早く進めたいのに、なぜか気持ちがついてこない瞬間だ。名刺入れを握る指先に少し余計な力が入ったとき、その静けさの奥に問いがあるのを感じた。今のスピードは本当に自分が選んでいる速度なのか、それとも目の前のタスクに押されて慣性で走らされているだけなのか。

名刺は人に渡すものだが、渡していない時間こそ自分自身と向き合うための鏡になる。名刺の中には、それを渡すときの自分の状態や覚悟が不思議と刻まれることがある。ある名刺は角が少し丸まっていて、その頃は毎日慌ただしくて、自分の気持ちよりもスケジュールを優先していた。それを見た瞬間、そんな日々の空気の振動まで紙の繊維に残るのだと感じた。

そしてもう一枚の名刺には、ぴんと張りつめた空気がまだ残っているようだった。目標がはっきりしていて、前に進む手応えも確かで、クライアントとの会話が新しい景色を見せてくれた時期だ。その名刺に触れるだけで、その時に戻ったような感覚になる。ひとつの紙にも、迷いと確信が混ざり合って染み込んでいるのは不思議だ。

名刺入れは、道具というよりも、仕事の「速度計」のような存在なのかもしれない。どれだけ技術が進んでも、どれだけインフラが自動化されても、スピードは自分で選ばなければならず、誰かが決めてくれるものではない。名刺入れを開けば、過去の自分がさまざまな速度で走っている姿が広がり、そのときどきの呼吸の深さまで思い出させてくれる。

今の自分はどんな速度で進んでいるのか。早すぎると大切な気付きが見えなくなり、遅すぎるとせっかくのチャンスがすり抜けてしまう。名刺入れが静かに問いかけてくるのは、自分が選んでいる速度に意思があるかどうかだ。無意識のまま走らされることが一番危うく、その危うさに気付けるかどうかが仕事の質を決める。

名刺入れを丁寧に閉じたとき、少しだけ呼吸がゆっくりになった。速度を選び直す余裕が戻ってきた気がしたのだ。仕事のスピードは数字では測れないし、まして他人の評価で決まるものでもない。その日の自分の状態や、目の前にいる相手にどれだけ心を寄せられるかで変わる。名刺入れを手にした小さな時間が、そんな当たり前のことをもう一度思い出させてくれる。

速度はただの速度ではなく、自分の在り方そのものだ。名刺入れが無言で教えてくれたこの感覚を大切にしながら、次の打ち合わせに向かう足取りが少し軽くなった。自分のスピードを自分で選べるというだけで、仕事はもう少しだけ自由になる。
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