TAKEZIN AS, 4

TAKEZIN AS, 4

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コラム
はてさて、TAKEZIN AS,のブログもだんだんと数が多くなってまいりました。
1人の人生についてのストーリー、読んでいただけて嬉しい限りです。

2と3では、音楽人生が大きく変わった中学生時代についてお話ししました。次からはそこから芽吹いた、高校生時代や大学生時代について綴っていきます。


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【県立富士東高校時代】

色々あった中学校から、高校に進学。当時は信じられないことですが、学園祭でのエレキギターは禁止されていたのです(懐かしい話題ですね。同じような経験をした方は少なくないんじゃないのかな?風紀の問題とのことでしたが、それにより、何人のエドワード・ヴァンヘイレンへの潜在的才能が摘み取られたことでしょう・・・。

ともあれ、そんななかでもぼくはピアノ弾き語りなんかでひとりでステージに立ったりなんかもしていました。


【専修大学法学部時代】

上京、専修大学法学部入学。
在学中はバンド漬けの生活でありました。数多くの違ったジャンルのバンドを結成し、ライブハウス出演を重ねていましたね。

ボーカルだった「野次馬ブラザーズ」ではコンテストに参加して、なかなかに濃い時間を過ごせていました。ちなみにウチのギターの佐野はそのコンテストでは最優秀ギタリスト賞だかを頂いたことを覚えています。

地元にふらり帰省した際、ひょんなことでジャス喫茶に通い始めることも。そこでマスターの吉野勝之と出会い、吉野勝之バンドのメンバーはじめ多くの友人たちと知り合うようになりました。
ジャンルはジャズであり、このジャンルではズブの素人でしたが、自由に音楽を創造していく楽しみを教えていただきました。

ジャズとは一切の制約が無い音楽で、譜面だってないこともある。それにジャズといっても非常に幅広く、吉野勝之バンドは4ビートからアシッドジャズ、ファンクまで手広くやっていました。
一緒に演奏したメンバーも若く、非常に楽しい時間を過ごせました。

そんな、こんな、でしたねー。

その後は生活にも落ち着きが生まれ、結婚や子育ての時代に突入します。
今回も長くなりましたので、20代のころに作曲、今もなお演奏し続けている曲をお送りします。





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