TAKEZIN AS, 2

TAKEZIN AS, 2

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コラム
前回のブログを読んでいただいた方、ありがとうございました!
また第1回目のブログ記事、「師」が思いのほか多くのアクセスをいただいていまして、ありがたい限りです。

さてTAKEZIN AS, 中学校に上がってからの自身について振り返ってみようと思います。

【富士市立岳陽中学校時代】

通っていた中学校は合唱コンクール等で常に優秀な成績を収めていた学校で、校内の合唱大会も盛んでした。
そんななか、ある日クラスの練習中に、スポットで指導に来ていた、県下ではその実力と手腕でその名を知られ、とても尊敬されていた合唱部顧問の恩師唐島教諭と出会ったのです。あまり生徒から慕われていない、厳しい先生ではありましたが、何故かぼくは「キミ、いい耳しているねえ!絶対音感だね」と云われたのです。


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それにより合唱部を兼部(私は筋肉ノウミソ派だったので陸上部に在籍していた)することとなり、図らずも歌の修行をするようになりましたりました。思えばこの時の一件も人生の歯車を狂わせた事件のような気もするなあ(笑)。

そうかと思えば、中学2年生の時のクラスで「お楽しみ会」という、いわゆるイッパツ芸会のようなものがありまして。
そこで、当時人気絶頂であった原田真二さんの弾き語りモノマネをやったところ女子生徒にバカ受けしたため、「これはイケる!」と謎の自信を持つようになりました(笑)。 

ピアノ弾き語り?でもギターの方がカッコイイかな?などど、そこで逡巡するも、何気なく見た譜面の上の方に書いてあったコードというものを覚えればどんな曲でも弾きこなせるという事を文献(月刊歌謡曲)により発見したのです。
これを自分勝手に解釈し、音楽教室等にはいっさい通わず、全て独学独習で通してきました。そして、まあ、別にピアニストになりたいわけじゃないしなと適当にピアノを弾いて遊んでいるとそのうちメロディが湧いてくることに気づき、作詞作曲をするようにもなりました。


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。。。と言ったところですかねー。
中学校時代にはまだまだ、照れるというか誇らしいというか、歌の思い出があるんですよ。
これはまた次回。

長々と文章にお付き合いいただいたので、動画で締めくくっていただけると幸甚です。



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