看護研究で先入観が崩れた話――精神科2年目、幻聴の研究に挑んだとき

看護研究で先入観が崩れた話――精神科2年目、幻聴の研究に挑んだとき

記事
コラム
精神科に異動して2年目、看護研究の白羽の矢が立ちました。
まだ精神科に精通しているとも言えないのに、どうして私が?
戸惑いながらのスタートで、テーマ決めから四苦八苦。
でも、悩んだ末にたどり着いたのは、初心者だからこその問いでした。

「幻聴で苦しむ患者さんに、どう寄り添えばいいのかわからない」

わからないなら、それをテーマにすればいい。
そこから幻聴に関する文献を読み漁る日々が始まりました。
当時はネット環境が今とは比べものにならず、文献ひとつ探すのも一苦労。
大学病院の図書館まで出向いて、コピーの束を抱えて帰ったのを覚えています。

私には先入観がありました。
幻聴が聞こえる人にとって、その声は苦痛でしかない――そう思い込んでいたのです。

ところが、先行文献を読み解くうちに、ふと真逆の仮説が頭をよぎりました。
そんなある日、担当患者さんと幻聴について話していて、耳を疑いました。
声がぼんやりとしか聞こえないとき、その方は落ち着かず、つらそうでした。
ところが、はっきり聞こえているときは、むしろ表情が穏やかなのです。
ご本人にとっては「何を言われているのかわからない」状態こそが苦痛で、はっきり聞こえてしまえば心はざわつかない。

幻聴=苦痛、という私の図式が音を立てて崩れた瞬間でした。
この方にとって敵は「声」そのものではなく、「わからなさ」だったのです。
教科書には載っていない、こういうケースが現実にはあります。

全国の研究発表会で発表したとき、質問が集中したのはやはりこのポイントでした。
私の先入観が崩れた瞬間は、聞いている人の先入観も揺さぶったのだと思います。

その後、もう一度発表を経験し、今度は研究に取り組むスタッフを支える側に回りました。
みんな、かつての私と同じ顔で頭を抱えていました。

看護研究は、正直、大変です。険しい山だと思います。
でも、乗り越えた人にしか見えない景色が、確かにあります。
テーマが決まらない。
文献の探し方がわからない。
まとめ方で行き詰まっている。

もしあなたが今、あの頃の私と同じ顔で頭を抱えているなら、一度お話を聞かせてください。
26年の現場経験と、研究する側・支える側の両方を経験した視点で、あなたの研究の「登り方」を一緒に考えます。
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す