「拾った石」に値段をつける勇気が世界を変える
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こんにちは!本田教之です。
二十年もシステム開発という極めて冷徹な数字の世界でプログラムを組み続けていると、すべての価値は機能や効率によって決まるという固定観念に支配されそうになります。エンジニアの視点に立てば、動かないコードは無価値であり、一円の利益も生まないシステムは失敗作に過ぎません。しかし、最近の私はあえて、道端に落ちている何の変哲もない石ころに、自分だけの物語という名の魔法をかけ、それに三万円という値段をつけてみるような、一見すると非合理極まりない価値の創造に強い関心を抱いています。ココナラのような個人のスキルが売り買いされる場所で本当に求められているのは、実は洗練された技術や正解ではなく、その人の内側から溢れ出す、名付けようのない執着や偏愛の正体なのではないでしょうか。
多くの人が、自分の持っているスキルを市場の相場に当てはめ、誰かにとって役立つ形に整えてから出品しようとします。しかし、誰にでも理解できる価値は、言い換えれば誰にでも代わりが務まる価値でもあります。私がかつて大手メーカーで構築していた巨大なインフラは、まさにその「共通言語」としての完璧さを追求したものでした。そこには安心はありましたが、誰かの心を震わせるような驚きはありませんでした。本当に心を動かすのは、その人にしか見えていない世界の断片です。拾った石に自分なりの意味を見出し、それを堂々と価値として提示する。その「自分を主語にした」わがままな提案こそが、結果として誰かの深い共鳴を呼び、停滞した市場に新しい風を吹き込むのです。
かつて梁山泊に集まった荒くれ者たちも、世間一般の物差しから見れば、ただの不適合者やはみ出し者だったかもしれません。しかし、彼らが持っていた独自の武器や、譲れない意地という名の石ころが、一つの大きなうねりとなって時代を動かしました。現代のデジタル化された檻の中に、そんな予測不能で熱い価値を取り戻すこと。二〇二六年、あらゆるサービスが最適化され、似たような答えが溢れる中で、私はあえて「説明のつかないこだわり」を商品にしたいと考えています。正確な答えを出す技術は人工知能に任せて、私たちはもっと、自分にしか感じられない違和感や、根拠のない情熱を形にすることに時間を割くべきです。
仕事とは誰かの要求に応えることだけではなく、自分の内側にある形のないものを、世界に問いかけていくプロセスそのものです。社外のコミュニティに顔を出し、肩書きを捨てて一人の人間として語り合う時間は、まさに自分が拾った石ころを磨き上げるための大切な儀式です。私はこれからも、冷たい数字の世界で仕事をしながらも、どこかに人間らしい滑稽なほどの偏愛を忍ばせる、そんな設計者であり続けたいと思っています。あなたが今日、当たり前のように見過ごしたその些細な感情に、もしも法外な値段をつけてみるとしたら、どんな景色が見えてくるでしょうか。完璧な相場観の外側で、あなただけの不器用で美しい物語を売り出してみてください。そこには、マニュアル通りの成功よりもはるかに刺激的で、魂が喜ぶような出会いが待っています。自分という不確かな存在を、最高の価値として差し出す。そんな勇気から、新しい世界が始まると私は信じています。