今の私を、そのまま語る

今の私を、そのまま語る

記事
コラム
私の現状

48歳。

貯金がない。
安定した仕事もない。
年金のことも不安だ。

娘にはまだ教育費がかかる。
目の前の支払いをするために、借入れをしてしのいでいる。

頼れるパートナーもいない。
何でも話せる友人もいない。

娘が巣立ったあと、私はどうやって暮らしていくのだろう。

考え始めると、不安になる。

そして、ここ最近、もう一つ苦しいことがある。

どこへ行っても、
私は「何も持っていない人」のように扱われているように感じることだ。

仕事をしていなければ「無職」。

安定した職歴がなければ「不安定」。

貯金がなければ「余裕がない」。

ひとり親なら「大変な人」。

友達がいなければ「孤立している人」。

社会では、人が何を持っているのかで、簡単に判断される。

肩書き。
収入。
貯金。
家族。
人とのつながり。

そういうものが、いつの間にか「その人の価値」のように扱われる。

私には、今、それが少ない。

だから、自分まで何も持っていない人間になったような気がしていた。

でも、最近、少しだけ違うのかもしれないと思うようになった。

今、持っていないものが多いことと、
私自身に何もないことは、同じではない。

私は今、お金や肩書きや安定という、
社会から見えやすいものをあまり持っていない。

だったら、これから少しずつ、
自分の手元に「自分のもの」をつくっていけばいい。

毎月、自分で生み出せる収入。

少額でも残していけるお金。

将来の年金への見通し。

娘が巣立ったあとも続けていける仕事。

ひとりでも、心地よく暮らしていける生活。

そして、

「これは私が積み重ねてきたものだ」

そう言えるもの。

一つずつでいい。

今までの私は、
どこかにいる「私を必要としてくれる場所」を待っていた。

いつか、

「あなたのような人を待っていました」

そう言ってもらえる場所があるんじゃないかと思っていた。

でも、もう待っているだけではいられない。

自分の人生を支えるものを、
自分の手でつくっていく。

その最初の一つが、
今つくっている「お香で心を整える7日間のワーク」なのかもしれない。

まだ、仕事と呼べるほどのものではないかもしれない。

大きなお金になるわけでもない。

けれど、これは私が、

「こんなものがあったらいいな」

「こういう時間を届けたい」

そう考えて、自分でつくり始めたものだ。

お香が好きだったこと。

長いあいだ、お香に助けられてきたこと。

自分の心を整えるために、お香を使ってきたこと。

その一つ一つを、
今度は誰かに届けるものに変えていく。

50歳を目前にして、
私はようやく、自分の人生を自分でつくり始めているのかもしれない。

今はまだ、何も持っていないように感じる。

でも、本当は違う。

これから何を持っていくのかを、
自分で選び始めたところなのだ。

そう思っている。

写真は、

京都・烏丸にある松栄堂「薫習館」の人気のお香ガチャ「薫ガチャ」。

1回500円で、ミニ線香がひとつ入っています。(2026年9月29日撮影)


サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す