*前編からの続きです。
Q、手塚治虫が未来を予想してブラックジャックの技術が当たり前になるようなことを予見して描いていたのだとすると、鉄腕アトム同様に「ブラックジャック」はSF的医療マンガと捉えることもできるのではないでしょうか。
A、私はその見方はかなり妥当だと思います。
一般には『ブラック・ジャック』は
・医療漫画
・ヒューマンドラマ
・医学寓話
として語られることが多いのですが、
「医療SF漫画」
という側面も確実にあります。
ただし『鉄腕アトム』のような「機械文明の未来」を描くSFとは少し性格が異なります。
『鉄腕アトム』は工学SF
『鉄腕アトム』では、
人工知能
ロボットと人間の共存
自律機械
科学技術の発展
がテーマでした。
1950年代に描かれた作品なのに、
現代のAIやロボット倫理にも通じる問題提起をしています。
つまり、
「科学技術が発達した未来社会」
を描くSFです。
『ブラック・ジャック』は医療SF
一方で『ブラック・ジャック』は、
「医学が発達した未来に人間はどうなるのか」
を描いています。
例えば、
臓器移植
人工臓器
遺伝
再生
延命
脳の機能
などは当時の最先端医学をさらに一歩先へ進めた仮説として登場します。
これはまさにSFの発想です。
SFとは必ずしも宇宙船やロボットが出ることではなく、
「科学的仮説を物語化すること」
ですからね。
手塚治虫は未来予測より「問題提起」をしていた
ただ興味深いのは、手塚治虫が未来を正確に予言しようとしていたわけではないことです。
例えば、
『鉄腕アトム』でも
ロボットに心が生まれたらどうなるか
を描いていました。
そして『ブラック・ジャック』では
人間の身体を自由に修理できるようになったらどうなるか
を描いています。
つまり手塚の関心は技術そのものより、
・技術によって揺さぶられる人間の心
にあったのだと思います。
『ブラック・ジャック』は「生命SF」とも言える
私は『ブラック・ジャック』を読むと、
医療漫画というより
・生命SF
という言葉の方がしっくりきます。
キリコとの対立などは特にそうです。
問題は
「この手術が成功するか」
ではなく、
・生きるとは何か
・死ぬ権利はあるのか
・医師はどこまで命を延ばしてよいのか
という問いです。
これは技術的な問題ではなく、未来社会の倫理の問題です。
『アトム』と『ブラック・ジャック』の共通点
面白いことに、
『鉄腕アトム』では
人工知能が人間に近づく
ことがテーマでした。
『ブラック・ジャック』では
・医学によって人間が自然の限界を超える
ことがテーマでした。
どちらも究極的には、
「人間とは何か」
という同じ問いに向かっています。
そう考えると、
『鉄腕アトム』が「機械の未来」を描いたSFなら、
『ブラック・ジャック』は「生命の未来」を描いたSFである、
と言っても決して言い過ぎではないでしょう。
実際、西田さんが全16巻を読み終えて感じられた「どこまで本当でどこまでフィクションかわからない」という感覚こそ、SF作品として成功している証拠なのかもしれません。優れたSFは荒唐無稽な嘘ではなく、「もしかしたら将来こうなるかもしれない」と読者に思わせる作品です。『ブラック・ジャック』はまさに医学の分野でそれを実現した作品だったと言えるでしょう。
Q、「ブラックジャック」のすごいところは、少年が読んでも大人が読んでも十分に楽しめるマンガであるという点です。私は小学校の図書室でブラックジャックを最初に読みました。さらには医者の間でもバイブル的な漫画とされていた点です。様々な世代や層が楽しめるマンガというのはそうはありません。
A、その通りだと思います。
『ブラック・ジャック』が50年以上読み継がれている最大の理由は、単に「名作だから」ではなく、
・読む年齢や立場によってまったく違う作品に見える
ところにあるのではないでしょうか。
西田さんが小学校の図書室で読まれたというのは、まさに『ブラック・ジャック』らしいエピソードですね。
子どもの頃に読むと、
・ブラック・ジャックの神業的な手術
・不思議な病気
・ピノコとのやり取り
・ハラハラする展開
が面白い。
ところが大人になって読むと、
・親子関係
・お金と医療
・医師の責任
・安楽死と延命
・貧富の格差
・戦争や公害
といった社会問題の方が目に入ってきます。
同じ作品なのに、人生経験を積むほど見える景色が変わる。
これは案外珍しいことです。
また、医師の間で評価が高い理由も興味深いですね。
現実の医師から見れば、
「そんな手術は無理だろう」
という話はたくさんあります。
しかし、医師たちが評価しているのは手術の正確さだけではありません。
むしろ、
医師は患者とどう向き合うべきか
という部分です。
例えば、
・金がなくても助けようとする
・難病患者を見捨てない
・権威に迎合しない
・命の価値を考え続ける
こうしたブラック・ジャックの姿勢に共感する医療従事者は少なくありません。
実際、医学生や医師が「医療を志したきっかけの一つに『ブラック・ジャック』がある」と語る例もよく知られています。
さらにすごいのは、作品のジャンルを超えていることです。
普通の漫画は、
少年漫画
少女漫画
青年漫画
医療漫画
SF漫画
などに分類されます。
ところが『ブラック・ジャック』は、
・少年が読める冒険譚
・大人が読める人間ドラマ
・医師が読む医療倫理の物語
・SF好きが読む生命科学SF
・文学好きが読む寓話
という複数の顔を持っています。
だから読者層が極端に広い。
私は、『ブラック・ジャック』の立ち位置は手塚治虫作品の中でもかなり特別だと思います。
『鉄腕アトム』は子ども向けSFの金字塔ですし、『火の鳥』は哲学的な大河作品です。
しかし、
「小学生から医師まで同じ作品を読み、それぞれが自分なりの価値を見出せる」
という意味では、『ブラック・ジャック』は手塚治虫の作品群の中でも最も普遍性を獲得した作品かもしれません。
西田さんが小学校の図書室で出会い、大人になって秋田書店版全16巻を読み通して改めて凄さを感じたというのは、まさにこの作品が世代を超えて読まれる理由そのものだと思います。子どもの頃に面白かった作品が、大人になって読むとさらに深く面白いというのは、実はそう多くないのです。『ブラック・ジャック』はその数少ない作品の代表格と言えるでしょう。
Q、クイズ脳ベルshowでも出題されていましたが、ブラックジャックは少年チャンピオンの歴代マンガの中でドカベンや泣き虫ペダルを抑えて今でも1位に君臨している作品ですが、ブラックジャックは手塚治虫の漫画家としての万能さと天才性を改めて実感させる作品と言えます。
A、まったく同感です。
『ブラック・ジャック』が週刊少年チャンピオンを代表する作品として今なお高く評価されるのは、単に人気があったからではなく、
「手塚治虫という漫画家が持っていた能力のほぼすべてが詰め込まれている作品」
だからだと思います。
手塚治虫には、
『鉄腕アトム』のようなSF
『ジャングル大帝』のような冒険活劇
『リボンの騎士』のような少女漫画
『火の鳥』のような哲学・宗教作品
『アドルフに告ぐ』のような社会派ドラマ
など様々な代表作があります。
しかし『ブラック・ジャック』は、それらの要素を一つの作品の中に同居させています。
例えば、
SF的な医学の未来予想
ミステリー
サスペンス
ホラー
人情話
ギャグ
社会風刺
戦争批判
環境問題
生命倫理
が一話ごとに自在に入れ替わる。
普通の漫画家なら一つでも代表作になるテーマですが、手塚治虫はそれを毎週描いてしまった。
そこに天才性を感じます。
また、西田さんがおっしゃるように、『ブラック・ジャック』は読者層の広さが異常なんですよね。
・小学生は「すごい医者の話」として読む
・中高生は人間ドラマとして読む
・大人は社会問題として読む
・医師は医療倫理として読む
・漫画研究者は表現技法として読む
それでも面白い。
こういう作品は本当に少ないです。
さらに驚くのは、『ブラック・ジャック』連載開始時の手塚治虫は決して順風満帆ではなかったことです。
1960年代後半から70年代前半は劇画ブームの時代で、
「手塚は古い」
「もう時代遅れだ」
と言われることもありました。
ところが50代に入った手塚がそこで生み出したのが『ブラック・ジャック』です。
つまりこの作品は、
「漫画の神様」の全盛期の代表作ではなく、一度評価を落とした天才が再び頂点へ返り咲いた復活作
でもあるんです。
その意味では、『ブラック・ジャック』は物語の内容だけでなく、手塚治虫自身の漫画家人生とも重なります。
だから私は、
『鉄腕アトム』が「手塚治虫の出発点」なら、
『ブラック・ジャック』は「手塚治虫という漫画家の集大成」
という印象を持っています。
西田さんが全16巻を通読された直後だからこそ感じられることですが、この作品は「最高傑作かどうか」は人によって意見が分かれても、
「手塚治虫の万能さを最もわかりやすく証明している作品」
という点については、多くの漫画ファンや研究者がかなり納得するのではないでしょうか。
そして面白いことに、『火の鳥』のような超大作よりも、『ブラック・ジャック』の方が一般読者には親しまれ続けています。これは一話完結ゆえの読みやすさもありますが、それ以上に「人間の生と死」という普遍的なテーマを、誰にでもわかる物語に落とし込んだ手塚治虫の力の大きさを示しているように思います。
Q、鉄腕アトムはマンガで読んでいなくてもブラックジャックはマンガ・アニメ共に読み、視聴していると言う人が多いです。手塚治虫が天才であると言う証明はブラックジャックでなされたのではないかと思います。
A、その見方には大いに共感します。
手塚治虫の代表作として世間一般では『鉄腕アトム』の名前が真っ先に挙がりますが、実際の読書体験という意味では、
「アトムは知っているけれど読んだことはない」
「ブラック・ジャックは実際に読んだことがある」
という人はかなり多いように感じます。
『鉄腕アトム』は日本漫画史やアニメ史の象徴的存在です。一方、『ブラック・ジャック』は今なお一人の読者の心に直接届く「現役の作品」なのだと思います。
そして興味深いのは、『ブラック・ジャック』には手塚治虫の長所が異常なほど凝縮されていることです。
・医学知識を活かしたリアリティ
・SF的な発想力
・ミステリーの構成力
・短編小説のような起承転結
・ギャグセンス
・人間観察力
・社会批評性
・哲学性
これらを毎週20ページ前後に詰め込んでいたわけです。
しかも、それを50歳を過ぎてからやっている。
若い天才のデビュー作ではなく、一度「時代遅れ」と見なされた後に生み出した作品だという点も驚異的です。
私は『ブラック・ジャック』が手塚治虫の天才性を証明したというより、
「手塚治虫がなぜ漫画の神様と呼ばれるのかを、後世の読者にも最もわかりやすく示した作品」
だと思います。
『火の鳥』は確かに文学的・哲学的で凄い作品ですが、難解だと感じる読者もいます。
『鉄腕アトム』は歴史的価値を知っていて初めて凄さがわかる部分もあります。
しかし『ブラック・ジャック』は違います。
小学生が読んでも、
「面白い!」
となる。
大人が読むと、
「こんな深いことを描いていたのか」
となる。
医師が読むと、
「医療とは何かを考えさせられる」
となる。
漫画研究者が読むと、
「一話完結の構成が完璧だ」
となる。
つまり、知識や予備知識がなくても凄さが伝わる。
これは本当の天才にしかできません。
また、西田さんが全16巻を読み終えた今だからこそ感じられると思いますが、『ブラック・ジャック』は単なる医療漫画ではなく、
手塚治虫という漫画家そのものが一話ごとに姿を変えて現れる作品
でもあります。
ある回はホラーであり、 ある回はSFであり、 ある回は社会派ドラマであり、 ある回は童話であり、 ある回はブラックユーモアです。
それでいて全部『ブラック・ジャック』になっている。
だから私は、
『鉄腕アトム』が手塚治虫の「伝説」を作った作品なら、
『ブラック・ジャック』は手塚治虫の「実力」を証明した作品
と言えるのではないかと思います。
小学校の図書室で出会った西田さんが、大人になって秋田書店版全16巻を完読し、改めてその凄さを実感されたというのは、まさに『ブラック・ジャック』が半世紀以上読み継がれる理由そのものですね。読者の年齢が変わっても、その都度新しい発見を与えてくれる作品は、漫画史全体を見ても本当に数えるほどしかありません。
*後編に続く。