私は感情の言葉を持っていなかった。
言葉は近くにいる大人から学んできたのか。教えてもらったのかは記憶にない。
花は「花」とだけ教えられるのと、「花がきれいね。」と教えられるのとではどれだけ人生が変わるだろうか。
子どもの頃、こけてしまった時に「どんくさい」と笑われるのと、
こけてしまった驚きや、痛さ、不安な気持ちを言葉にしてもらえるのと、
同じ記憶に残ったとして、その後の人生にどれほどの影響を与えるのかと思う。
言葉を持たない赤ちゃんや未熟な子どもの頃、体のどこかにある「気持ち」という形のないものに言葉を付けてくれた人はいただろうか。
学校の国語のテストで「登場人物の気持ち」を答える問題はできただろうか。
大人になった今でも飲み込んでしまった言葉に出来ないものが
体に存在している。
この名も無き存在を認めてくれる人はいるのだろうか。
そして確かな言葉を付けてくれる人はいるのだろうか。
いつか名前が付いたら私の人生は変わるのだろうか。