本を出せない理由は、たいてい「書く前」と「書いたあと」にある。
📝 原稿を書き上げた。あとはKindleに出すだけ。そう思っていたら、EPUBというファイル形式が要ると知る。
変換ツールを検索する。評判のよさそうな無料のものを入れてみる。
開くと、目次のリンクが効かない。画像の位置が本文とずれる。表紙には別の推奨サイズがあるらしい。
解説記事をいくつか開く。どれも前提にしている知識が少しずつ違う。自分がどこから読めばいいのかが分からない。
⏳ そこで土曜の午後が終わる。
日曜には家の用事が入る。次の週末は、先週どこまで調べたのかを思い出すところからやり直しになる。
書き上げたファイルはデスクトップに置かれたまま、半年が過ぎる。
書けなかったわけじゃない。最後の変換だけが終わっていない。そのうち、原稿があること自体を思い出さなくなる。
🧩 これを熱意や根気の問題にすると、次に書いたときも同じところで止まる。
原因は工程の数のほうにある。
本を1冊出すまでには、原稿を用意し、章立てを組み、本文の体裁を整え、表紙を作り、入稿形式に書き出す、という作業が並んでいる。
書く行為は、このうちのひとつでしかない。
厄介なのは、それぞれが別の知識を要求してくることだ。
章立ての設計は文章の話。表紙は画像の話。入稿はファイル形式の話。
互いに共通点がないので、ひとつ乗り越えても次の工程では初心者に戻る。
1冊出すのに必要な学習が1種類ではなく、工程の数だけ入れ替わる。そう考えたほうが近い。
勤めながら週末に進めるなら、この入れ替わりを他の予定の合間に押し込むことになる。調べ物の入り口が毎回変わるので、前回の検索履歴も次の工程では役に立たない。
🔁 もうひとつは、中断から戻るのにかかる時間だ。
工程ごとに道具が違えば、再開のたびに「どの道具で、どこまでやったか」を思い出す必要がある。
平日に手を付けられず1週間空くと、思い出すだけで週末の作業時間の大半が消える。
進んだ実感が出ないまま終わる。だから次の週末に向かう気力も落ちる。
道具が増えると、置き場所も増える。原稿はここ、画像はあのフォルダ、変換したファイルはダウンロードの中。
どこに何を置いたかを覚えておく必要があり、それも1週間で薄れる。探す時間が、作業時間から引かれていく。
⚠️ 最後の工程には、知らないと止まる具体的な落とし穴もある。
Kindleの審査で差し戻される原因として挙げられているのは、本文のレイアウトが崩れている、余分な空白ページが残っている、目次のリンクが切れている、といった点だ。
WordやCanvaから直接アップロードすると、改ページが反映されずページがずれることもある。
目次のリンクが効かない場合、目次のあとの空白ページが原因になっていることがある。
どれも、原因を知っていれば数分で直る。知らないと、原因の特定から始まる。
📏 表紙のほうにも、見た目を決める前に満たすべき条件が並んでいる。
KDPのガイドラインでは、推奨寸法は高さ2,560×幅1,600ピクセル。解像度は300DPI以上。ファイルは5MB以下。
カラープロファイルはRGBで、印刷用のCMYKは受け付けない。
短辺が500ピクセル以下だと、アップロードはできてもサイトに表示されない。価格や販売促進の文言を表紙に入れることも禁止されている。
デザインの善し悪しを考える前に、この条件表を読むところから始まる。
💭 こうして並べると、止まっている場所の性質が見えてくる。
止まるのは、書く力が足りないところではない。書く作業と地続きでないところだ。
文章を書いてきた延長線上に、ファイル形式の知識も、画像の条件表も、置かれていない。
しかも、そのどれもが本を1冊出すまで必要にならない。日常のどこにも出てこないので、覚えても次に使うのは何か月も先になる。
1回きりの学習に週末を使うことになり、それが分かっているから、着手も遅れる。
覚えたことが残らないという点でも割に合わない。章立ての作り方は次に書くときも使えるが、変換ツールの操作は、その道具を使い続けないかぎり価値が消える。
🎯 思い当たるなら、直すべきは気合いの入れ方ではない。
止まっているのが書く力なのか、工程と工程のつなぎ目なのかを、先に切り分けたほうがいい。
✅ 今日できる確認もひとつ。
置いたままの原稿ファイルを開いて、章立てがどこまで決まっているかを見ておく。
決まっていれば、残っているのは書いたあとの工程だ。決まっていなければ、そこが最初の関門になる。
どちらなのかが分かるだけで、次に何を調べればいいかが決まる。