今年いちばん嬉しいことです。
25歳のジロウが、家を出ていくことになりました。
ジロウは小さなころから欲がないタイプでした。
したいことと欲しいものがあふれている兄姉がいて、ずっと我慢させていたのかもしれません。
兄のタロウは先天的な疾患があり、手がかかりました。
姉のイチコは自己主張が激しく、声を大にして自分に目を向けさせていました。
「ちょっと待っててね」
と言って、ジロウを待たせていたのでしょうか。
中学受験は勢いで頑張りました。
「地頭はいい」
と言われていました。しかし覇気がありませんでした。
それでもどういうわけか、レベルの高い中高一貫校に合格しました。
その中高で、落ちこぼれました。
宿題はしないし忘れ物をする。成績はとても悪かったです。
荒れていたわけではないけれど、担任の先生には反抗的でうまくいっていませんでした。
私は何度も学校に呼び出されて先生から注意をうけました。
やる気がない、宿題をしない、忘れ物が多い、先生が怒るのも理解できますが、私は「だから何?」という気分でした。
やる気が出ないからといって、親や先生が怒ってやる気を出すわけがないでしょう。
「困るのは本人ですから!」と怒るのなら、放っておけばいいじゃないですか…とも言えず、よく言って聞かせますと言って連れて帰っていました。
もちろん言って聞かせたりしません。
「疲れたね。なにか食べて帰ろうか」
とおいしいものを食べさせるくらいです。
親から見てもなにが楽しくて学校に行くのだろう、と思っていました。けれど休まず登校だけはしました。
遠方の学校だったので、朝5時30分の始発の電車に乗ります。
6年間、学校に行って帰りました。
遠くの学校に行かせて(本人が行きたいと言ったのです)良かったのか、悩みました。
大学に進学したいというので行かせました。
アパートでの一人暮らしも経験させました。
しかし1年生の終わりからコロナが流行り、リモートでの授業になるとまた勉強しなくなりました。
元々1人でコツコツできるタイプではなかったのです。
長期の休暇には実家に帰らせ、地元のスーパーでアルバイトもさせました。
アルバイトをしなければ、ただYouTubeを見たりダラダラしているだけなので、うるさく言ったのです。
なにがしたいでもなく、何が欲しいでもなく4年が過ぎて、卒業するだけの単位が取れていないことがわかりました。
本当は2年生の終わりからこれでは卒業できないと何度もいわれていました。
そのたびに「来年頑張る」の繰り返しでした。
あと一年頑張って卒業するかと聞きましたが、本人がもう無理というので、就職することにしました。
ときはコロナ禍で、そのように半端なジロウを雇ってくれるところはありません。
時間だけが過ぎていきます。
仕方なく、連れて帰って家の手伝いをさせました。
地方の小さな呉服衣料品店です。
余計な従業員を雇う余裕はありません。
私は給料をもらわなくてもいいから、ジロウを働かせてほしいと頼みました。
このまま引きこもるよりはと考えたのです。
それから3年半。
自分で就職先を探してきました。
朝5時半に出勤する日もあるから、会社の近くで一人暮らしをすると言います。
高卒扱いです。
きつい仕事でしょう。
でも、自分で決めて出ていくのです。
嬉しい。
おめでとう。
この3年間ジロウは1人っ子でした。
ジロウはほかのきょうだいがいると遠慮します。
でもこの3年間はジロウだけを見ていました。
この3年はジロウのためにも、私のためにも、必要な時間だった、無駄な時間ではなかったと思いたいです。
母は心から応援しています。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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