話話し相手はいますか? ~相談でなく雑談でもよいのです~

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コラム
カウンセラーの協会団体から送られてきた会員向け冊子に「ふつうの繋がりの得難さ」というテーマで特集が組まれていました。しみじみと読みましたが、確かに、ウィズコロナを経てアフターコロナかつオンライン全盛の今の時代にふつうの繋がりでも難しいのに、もし自分のことを好きなだけ話せる相手がいるとしたら結構すごいことなのかもしれないなあ、と思いました。

家族、職場、地域の人・・・、多くの人とかかわりを持って社会生活を営んでいる私たちです。話す相手なんていくらでもいるよー。と言いたいところですが、何時間話し込んでも大丈夫な関係って、実はそれほど見つからないのではないでしょうか。

なぜそんなことを思ったかというと、私のところに来ていただいている相談者の方とは、相談というよりは雑談に近い話を随分時間をかけてしていまして、しかしその雑談をすることで、相手の方の仕事や生活のことが活き活きと(たとえネガティブな内容でも)浮かび上がってきますし、一生懸命話をしてくれている相手の方の生命エネルギーの高まりを感じるのです。その姿からは、「うわー、話せてうれしい!聴いてくれてうれしい!」という全身からの思いが伝わってきます。普段は解放できない何かを解き放っているかのようです。そういう方と多く出会います。

そんなわけで、社会的な存在の私たちでありながら、自分のことを開放的に話せる相手は意外と身近にいなかったりする・・・、と感じるのです。孤独・孤立は我が国において解決すべき課題ともなっているようです。記事を読んでくださっているみなさんには身近に何でも話せる相手はいますか?

キャリアカウンセリングをおこなう私にとって、正統的なカウンセリングプロセスや技法は大切にすべきものであり、限られた時間の中で相談者の方との関係性を構築・維持しながら相談者の方がご自分で問題を探り当て、どのように行動をしてゆこうか決意をするお手伝いのためには欠かせないものです。しかし教科書的なプロセス通りに話が進まないことは当たり前で、むしろきちんとした相談の形よりはふわっとした雑談の中から色々な手掛かりが見えてくることの方が多い実感があります。 

私の場合、相談者の方に「ごきげんいかがですか?」といったアプローチから始めることに自然となっているように思います。いきなり「今日はどのようなご相談ですか?」と問いかけるのは何だか事務的な感じがしてちょっと気が引けるのです。ですので、もしみなさんが話をきいてほしい、話したい、うまく話せるか分からないけどもやっとする、といった時には折り入っての相談のモードだけではなくて雑談しに来るというくらいのモードでも十分と思います。

雑談しに来てくださいね、と言ってくれる人の存在が職場や地域にあったらそれは今の時代において結構貴重なことなのではないだろうか、と思います。公的機関でそのような機能を持っている場所もありますが、まだまだその数は潜在的なニーズに対して足りていないでしょうし、利用に対して制約もあるでしょう。私としては、みなさんに誰か相談なり雑談なりをいつでも受け止めてくれる人と繋がっていていただきたいなあ、と願っています。みなさんが受け止めてもらう体験をすることで、今度はみなさんが誰かのことを受け止める機会が生まれるかもしれません。そのような循環が私たちがいるこの社会で起こることが必要なのではないでしょうか。

今回は、話し相手はいますか?についてお話しました。私は会社勤めとの複業でライフキャリアデザインカウンセラーとして個人や世帯の職業生活設計や資産設計のお手伝いを志しております。保持資格としては国家資格キャリアコンサルタントとAFP(日本FP協会会員)をコアスキルとして、これまでの会社生活や人生経験で学んできたことを活かして会社内や地域社会に向けた価値創造につなげてまいります。ご関心を持っていただいた方、ご相談事がある方は、どうぞお声がけください。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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