生きるということについて、私たちは時折、深く考えることがあります。何のために生きているのか。幸せとは何なのか。自分の人生は、このままでよいのだろうか。
しかし、実際の人生というものは、毎日が特別な出来事で満たされているわけではありません。
嬉しいことがある日もあれば、嫌なことがある日もあります。そして、そのどちらでもない、ごく普通の一日が、実は人生の大半を占めているのではないでしょうか。
朝起きて、仕事をして、食事をして、誰かと会話を交わし、夜になれば眠りにつく。そんな何気ない時間の積み重ねが、私たちの人生を形づくっています。
ところが、不思議なことに、人間の心というものは、良い出来事よりも悪い出来事の方を強く覚えている場合があります。
一日の中で十の良いことがあっても、たった一つの嫌な出来事によって、その日全体が悪い一日だったように感じてしまうことがあります。
誰かに褒められた言葉はいつの間にか忘れてしまうのに、心ない一言だけは何年も覚えている。楽しかった時間はあっという間に過ぎ去るのに、苦しい時間はなかなか終わらないように感じる。
けれど、時計が刻んでいる時間は同じです。
楽しい一時間も、つらい一時間も、時間そのものの長さが変わるわけではありません。変わっているのは、その時間を受け止める私たちの心なのです。
そう考えると、人生の幸福とは、どれだけ良い出来事が起きたかということだけではなく、日々の出来事にどのような意味を見つけられるかということにも関係しているのかもしれません。
もちろん、嫌なことがあったときに、無理をして前向きになる必要はありません。
悲しいときは悲しくてよいですし、腹が立つときには怒りを感じることもあるでしょう。落ち込んでしまう日があることも、人間として自然なことです。
ただ、その嫌な出来事だけが、自分の人生のすべてではないということは、忘れずにいたいものです。
仕事がうまくいかなかった日。人間関係で疲れてしまった日。努力したことが報われなかった日。
そんな一日を過ごしていると、どうしても自分自身を責めてしまうことがあります。
もっと頑張れたのではないか。あのとき違う選択をしていればよかったのではないか。どうして自分だけがうまくいかないのだろうか。
しかし、人生には、自分の努力だけではどうにもならないこともあります。
相手の気持ちを変えることはできませんし、社会の流れを自分一人で変えることもできません。どれだけ一生懸命に取り組んでも、思うような結果につながらないことはあります。
私自身も、物事がうまく進まないときには、あれこれ考えてしまうことがあります。
そんなとき、最近は少し考え方を変えるようにしています。
今日がだめなら、また明日頑張ればいい。
言葉にすると、何とも単純なことのように聞こえるかもしれません。しかし、この小さな考え方が、意外と大切なのではないかと思うのです。
私たちは、一日のうちに何もかも解決しようとしてしまうことがあります。今日の問題は今日のうちに片づけたい。今日の努力は今日のうちに結果として現れてほしい。
けれど、人生はそれほど都合よく進むものではありません。
今日できなかったことが、明日になればできることもあります。今日理解できなかったことが、時間を置くことで見えてくることもあります。
何より、人間の心は、その日の体調や環境によっても変化します。
疲れているときには大きな問題に感じたことが、ゆっくり休んだ翌朝には、思っていたほど深刻ではなかったと気づくこともあるでしょう。
だからこそ、調子の悪い日に無理をして答えを出す必要はないのだと思います。
今日はここまでにしよう。明日、もう一度考えてみよう。
それだけでも、十分に意味のある選択です。
そして、もう一つ大切にしたいのは、普通の日々の中にある小さな喜びです。
温かい食事がおいしかったこと。空がきれいだったこと。誰かと何気ない会話をして笑ったこと。帰り道に心地よい風を感じたこと。
どれも、人生を大きく変えるような出来事ではありません。
しかし、そうした小さな出来事に目を向けることができれば、何でもないと思っていた一日の印象も、少し変わってくるのではないでしょうか。
幸せとは、必ずしも特別な成功や大きな喜びの中だけに存在するものではありません。
何事もなく一日を終えられたこと。安心して眠れること。また明日を迎えられること。
普段は当たり前だと思っている時間の中にも、大切なものは数多く存在しています。
人生を振り返ったとき、私たちの記憶に残るのは、華やかな成功ばかりではないはずです。
何気なく過ごした日常や、誰かと笑い合った時間。苦しいときにかけてもらった言葉。失敗を重ねながら、それでも前へ進もうとした自分自身の姿。
そうした一つひとつが、人生という物語の大切な一部分になっていくのでしょう。
生きる意味というものは、最初から明確な答えが用意されているわけではないのかもしれません。
毎日の生活の中で、喜びを見つけたり、悩んだり、誰かを大切に思ったりしながら、少しずつ自分なりの意味をつくっていくものなのだと思います。
良い日ばかりが続く人生は、おそらくありません。けれど、悪い日ばかりが人生のすべてでもありません。
今日が思うようにいかなかったとしても、それで自分の人生が決まってしまうわけではないのです。
明日になれば、また違う景色が見えるかもしれません。
新しい出会いがあるかもしれませんし、昨日まで気づかなかった小さな幸せを見つけられるかもしれません。
もちろん、明日もまた、うまくいかないことがあるでしょう。
それでもよいのだと思います。
今日がだめなら、また明日。
明日がだめなら、その次の日でもよいのです。
無理に大きな目標を掲げなくても、今日という一日を生きて、次の一日へと気持ちをつないでいく。
そんな穏やかな心の持ち方も、人生を豊かにする一つの知恵なのではないでしょうか。
生きるということは、常に前進することではありません。
時には立ち止まり、振り返り、休みながら、それでも自分自身の時間を重ねていくこと。
そして、何でもない一日の中に、自分なりの小さな幸せを見つけていくこと。
人生とは、案外そのようなものなのかもしれません。
良天星