殺されたコアラ

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皆様、こんにちは。
いかがお過ごしでしょうか?

さて、今日はオーストラリアの国立公園で射殺されたコアラについてのお話です。

火災の影響で生存が難しくなったコアラが1100匹射殺されたと言うニュースを耳にしました。
日ごろニュースは見ないようにしているのですが、たまたま耳にしてしまって、頭から離れません。

苦痛を和らげるための方法だったそうなのですが、コアラたちのことを考えると、苦しい気持ちになります。

実際に、コアラたちがどれほど逼迫された状況だったのか、実際に目にしていないので、ここで述べる自分の意見は無責任なのかもしれません。

ですが、射殺と言う行為は苦しいものだと感じます。
世の中には”即死”という言葉がありますが、0.01秒でも耐えられない痛みに襲われて死んだ方々のことを思うと、苦しい気持ちになります。

火傷の痛みを感じながら死ぬのも、飢餓に飢えて死んでいくのも、射殺されて死ぬのも、どれも苦しいものです。

もしかしたら、逃げ切れたコアラもいたのではないかと思わずにはいられません。
最後の瞬間まで、救うと言う気持ちでいて欲しかったなと思うばかりです。

本当に切羽詰まっていた状況だったのかもしれませんが、人間が諦めて射殺してしまうと言うのは、あまりにも無責任なことだと感じました。
本来はコアラの命を判断できる人など、誰もいないはずです。

射殺されたコアラたちが生まれた日の姿が頭に思い浮かびます。
自分の命を全うしようと、日々生きていたのだと思います。

コアラたちの一日を想像すると、とても親近感が湧いてきます。
コアラは多くの時間を寝て過ごします。

ユーカリの木の上でくつろいでいる姿、毛づくろいをしている姿、小さな可愛い手で木を持つ姿、ちょこんとした耳。
全てがコアラたちの生きた証だったと感じます。

コアラたちの最後は苦しいものだったと思います。
コアラたちのことを考えると、ただただ申し訳ない気持ちになります。

自分と同じ人間が下した判断で、多くのコアラたちの命が無残に奪われたのだと思うと、心の底からごめんなさいと言う気持ちになります。

コアラたちが最後に感じた苦しみは、変えることができません。
痛みの中、苦しさに紛れて死んでしまったのだと思います。

多くのコアラたちが頑張って生きてきた日々を感じて、コアラたちに気持ちを寄せたいと思います。

忘れないと言うことが、唯一自分にできることなのだと感じます。
動物の命をないがしろにする人間が少しでも減ることを願うばかりです。

山火事で逼迫している多くの人間を射殺したとなれば、大問題になると思います。
ですが、動物になれば罪にはならず、許されてしまうのだと思うと、本当に悔しい気持ちになります。

射殺された多くのコアラたちの無惨な姿を想像すると、血の匂いが伝わってくるような感覚に陥ります。

血で真っ赤に染まったコアラ達の最後の姿が脳裏に浮かびます。
同じような無惨なことが二度と起きないことを願っています。

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