皆様、こんばんは。
いかがお過ごしでしょうか?
さて、今日は過去にあった暗い話になります。
自分の話を人に話す事は基本的にはないのですが、このブログでは、自分の本心を語れたら良いと思っています。
今回のお話は、自分が十代の頃に受けた近所の方からの嫌がらせの話です。
この方から初めて嫌がらせを受けたのは、14歳の時でした。
年齢はおそらくは、50代半ばほどの方だったと記憶しています。
当時、自分は自転車を持っていました。
赤色の自転車でした。
ある日、自転車のサドル部分が大きく裂けていることに気づきました。
明らかに、ハサミか何かでグサグサ刺したような跡もありました。
この時、本当にショックで、心がえぐられるような気持ちになりました。
血の気が引く感覚で、吐き気がしたのを覚えています。
世界全体が敵に見えてしまうような、そんな気分に陥りました。
なぜ、こんなことをされなければならないのかとショックを受けたのが正直な気持ちでした。
週に、3回は新しい傷が増えていたように思います。
それは、何年も何年も続きました。
毎日毎日、えぐられたサドルを見るのは精神的にショックが大きかったです。
手編みのサドルカバーをしたこともありました。
それでも、何度も何度も全て切られました。
今振り返っても、あの方はサディストだったと感じます。
今の言葉で例えると、愉快犯的な方だったのだと思います。
近所の方と言っても、話したこともありませんし、知らない方です。
時々、すれ違う程度でしたが、すれ違ったときに、この人間ならば逆らってこないと感じたのだと思います。
自分自身、エンパスで空気感が柔らかい感覚があります。
そういうものに漬け込まれたのだと思います。
誰がしたのかは、頭の中で分析して、すぐにわかりました。
頭の中で相手のことを思い出し、色々と分析をしたことも昨日のことのように覚えています。
あの時の感覚を思い返すと、あの方は、社会への鬱憤を自分に当てている感覚でした。
実の母親を介護している感覚が強い方でした。
配偶者に逃げられた感覚もありました。
実の家族の前では、良い人を演じている感覚で、家族の前では、サディストな部分を隠している感覚でした。
日常で抑えているサディストな部分を、自分を使って解消しようとしていた感覚です。
今思い返しても、本当に惨い方だったと感じます。
例えば、自分が相手の立場だったならば、何十歳も年下の子供に嫌がらせをしようとは思いません。
皆様はどうでしょうか?
介護に疲れ、世間に恨みを抱いた時、皆様ならどのような行動を取るでしょうか。
ブログを拝読してくださる方は、優しい方(サディスト的傾向がない方が多いと感じています)が多いので、恐らく同じようなことはしないと思います。
どう考えても、14歳の子供は弱い存在ですし、そんな子供が持っている自転車のサドルを定期的に切り付けに行く思考が理解できません。
何年かは自分だけが狙われていた感覚でした。
ですが、その後は他の方も狙われた感覚がありました。
すべての感覚を分析しても、女性や子供を狙っている感覚で、本当に苛立たしい気持ちになりました。
感覚的には、レイプのようなものをしたこともある方なのではないかと思います。
逆らえない弱い存在だけを狙っている感覚でした。
このことは、何度も警察に相談しました。
ですが、何度相談しても現行犯ではないと何もできないと言われました。
仮に、捕まっても報復があることを考えると重い気持ちにしかならなかったです。
間違いなく、殺しにくるだろうと感じていました。
それほど、惨い感覚のある方でした。
犯行時間は分かっていたのですが、報復が怖く、当時は本当に何もできませんでした。
やられるがままで、心の底から悔しい日々でした。
何年も何年もそのような苦しみを味わいました。
結局、自分のことを守れるのは自分しかいないのだと、当時から思っていた気がします。
当時は、監視カメラなどがない時代だったので、証拠も残せず、本当に何もできませんでした。
今思い返しても、悲しくて、やるせない気持ちになります。
今でもふっと思い出して、苦い気持ちになります。
大事にしていた自転車に対しても、申し訳ない気持ちになります。
人に嫌がらせをすることで喜びを感じる性質は自分には、理解できません。
母親の介護に疲れている感覚だったり、社会への恨みのような感覚だったり、お金がない悩みだったり、人間を踏みにじりたい感覚だったり、あの方からはいろいろな感覚を受け取りました。
ですが、自分が同じような立場でも、同じ事はしないと思います。
エンパスである自分はサディストやサイコパスの方に搾取される傾向が高いです。
同じように、繊細な方やHSP気質のある方も、このような方に狙われやすい傾向があると思います。
どうかどうか皆様が、そのような方に搾取されないことを願うばかりです。
今思い返して、本当に苦しいことの多い人生でしたが、こうして文章にすることで、過去の記憶が浄化されていくような感覚があります。
読んでくださっている方の中にある苦しい思い出も一緒に浄化されていくと良いなと思うばかりです。
こんな人生を生きてきた自分ですが、何とか今まで生きてこられました。
苦しい想いをして自殺をしても、踏みにじってきた人達が喜ぶだけだとわかっていたからです。
人の気持ちが分かるからこそ、生きてこれたのかもしれません。
自分を踏みにじってくる方は、自分が死んでも悲しみませんし、むしろ、喜ばれます。
その感情を理解していたからこそ、踏ん張って生きてこられた気がします。
過去、踏みにじってきた方々の存在がなければ、自分はとっくに自殺していたかもしれません。
今でも生きていることがしんどくなることはあるのですが、あの方々のことを思い出すと、不思議と生きる希望が湧いてきます。
今、しんどい気持ちを抱えながら生きている方もいると思うのですが、自分自身を踏みにじってきた人の分まで自分をたくさん大事にしてあげてくださいね。
過去の記憶に苦しまれる方が少しでも、減りますように。
自分自身も過去を背負いながらも、頑張って生きようと思います。
苦しい想い出を前に進むための心の燃料に変えていけますように。
皆様もどうか、今日も明日も自分をたくさん大事にしてあげてくださいね。
今日もお疲れ様でした。