護王神社
記事
コラム
2024年 12月6日 金曜日
11月23日 土曜日
大正琴教室の先生から
LINE電話があって
親愛なる方 野方さんが
どういう事情なのか?
腰の骨を折ってしまい
自宅療養をしていると知り
その後すぐに
野方さんにLINEをして
生存確認が出来ましたけれど
私にバラしたって事で
先生が野方さんから叱られた。 と
お伝えしましたけれど、
あの時の先生の必死だった『声』
今も忘れられません。
実は
あの後 私は
史衣さんに
「腰の治りに良い神社は無いモノか?」と
問い合わせてみました。
さすがです。
日々 国内を飛び廻り
商談だけでなく
時にインスタに載せる為の
絶景・寺社仏閣なんかを把握されておられ
「護王神社は どうですか?」と
返信 頂きました。
それを基に 早速の検索
所在地は京都
それも
京都御所
京都御苑の西側中央に位置し
言ってみれば 京都のド真ん中!
今でこそ東京の皇居に
その住まいを移されましたけれど
時を遡れば
帝(天皇)が住まわれ
国の政を執られた処。
その前に建つ神社って事は
そりゃ 重要なアレでしょ?
時に、
余談ですけれど、
地図を開くと
日本国内では
北が上で
南が下
東は右で
西は左に表示されています。
アレは全国統一(規格)で
混乱を防ぐ為
私達 利用者の立場から
ほぼほぼ「北」を
方位磁石と同等に扱っています。
でも、
京都市内に限っては
不自然な点が見られます。
京都市内の地図を開くと
右手に「左京区」
左手に「右京区」と在ります。
アレは
帝(みかど)から見ての位置関係。
帝は「北を背にして」
民を見守っておられます。
帝から見て「右側」
帝から見て「左側」は
私達からすれば『鏡位置』になり
左右逆転になります。
そこへは行政も入れず
左右が逆表示のまま
ソレが京都の象徴にも なりました。
今では誰も
不自然さを感じる事も無いままに
当たり前として過ごしています。
だから、
テレビなんかでも
その位置関係を「イジる」事も無く
知る人だけが知っている秘密に
なっているらしき事を
以前のテレビ番組で観た事が有ります。
12月1日 日曜日
この日に狙いを付けて
(この日が『大安』だったから。)
段取りを進めて
紹介を頂いた「護王神社」へ参りました。
京阪電車 三条駅下車
三条大橋を西へ渡り
河原町通りを北へ進み
御池通りを西へ。
京都市役所を右手に眺めながら
どんどんと西へ進みながら
烏丸通を右折して
そのまま北へ向かいました。
烏丸丸太町通を北へ直進
(からすま まるたまち)
京都を知らない観光客の中には
「カラス 丸々 太る町」と呼ばれ
私が京都で
タクシーの乗務員をしている時
それなりの「あるある」でした。
京都御苑を右手に眺め
(御所は結局 観えず)
かなりの距離の処を左側に
護王神社を見付けました。
私の目的は「お守り」
腰の諸々に効くらしく
これを野方さんに届けたい!
只々その一心で
タクシーにも頼らず
自分の足で行きました。
そんなこんなを
動画で編集しました。
それは後日
YouTubeに投稿します。
帰路は
来た道を折り返し
帰宅後 一度 落ち着いてから
野方さん宅に伺いました。
ご本人は養生中 寝ておられ
家人が出てらして
「お守り」を預けました。
数時間後
野方さんからLINEが来ました。
「お守り」なんて
確かに「気休め」です。
「お守り」それ自体には
何の効力も無いでしょう。
それに
本来ならば
本人が神社へ お参りして
本人が それを求める処
今回はソレが出来ないから
代わりに参ったので
ホントに気持ちだけ。
一日も早い回復を祈願しています。