3次元のコントロール(期待)を天に丸なげ
🌳はじめに🌳
人生には、まっすぐな道ばかりではなく、
迷ったり立ち止まったり、思いがけない方向へ進んだりする小径があります
今日も、その小径の途中から
🌳複雑恋愛って気持ちも複雑🌳
複雑恋愛ってよく言ったもので、関係の複雑さはもとより、
気持ちの複雑さは思ったよりとても辛いものです
頭では、辛い、きつい、それでも傷ついても耐えられる
そんな風に思っていたとしても、当事者として過ごしていると、徐々に心をむしばんでいきます
最初は平気だった傷も、積み重なっていくうちに器がいっぱいになっていき、ほんの少しの傷でも、大きな傷のように感じられるようになる
傷ついて、疲れて、もういやだと思うのに嫌いになれなくて
彼の想いの強さからも逃げられなくて
どんどん消耗していく
それでも不思議なことに、彼の想いを受け止める器には、まだ空きがある気がしていました
私は受け止める器は大きいと自負していたので、自分でもずっと違和感がありました
じゃあ、いったい何が限界なんだろう
そこで気付いたんです
器って、1つではないんじゃないか、と
もう1つあったのは
尊厳の器でした
🌳尊厳の器🌳
既婚の人との関係は、自分の存在を底まで突き落とすことがあります
うつになったり、自己肯定感が低下したり、徐々に心が疲弊していく
もちろん、彼の家庭から見れば、こちら側に非がある関係です
でも私には、優先順位よりも辛いことがありました
自分の家族は傷つけたくない
でも、私のことは傷つけても仕方がない
彼の行動から、それが分かってしまうことでした
だから、それ以上に傷が大きくなる
その傷を受け止める器は、彼への想いを受け止める器とは別のものでした
そして、その器は意外と小さいんだな、と感じました
12回別れてきましたが、その10回くらいは私からで、今思えば、私は自分の尊厳を守りたかったんだと思います
現実、11回目と12回目は、自分でもはっきり自覚がありました
特に12回目、今ですが、彼にはもうずっと
もう傷つきたくない
これ以上はいやだ
別れた方がマシ
そう何回も何回も伝えていました
それでも彼は、分かっていると言いながら、私が傷つくことを分かっていながら、関係を続けたい想いがあったようでした
🌳ただ、もうその器は溢れてしまった🌳
尊厳という器とは別の器には、まだ空きがあるのは自分でも分かります
彼の想いも、本当はまだまだ受け入れられる
でも、自分の尊厳の器には
1ミリの空きもありませんでした
いいえ、もう溢れてしまっていました
好きでも、想いがあっても
離れるしかなかった
今までは離れられなかったけれど、神の手を借りてでも離れなければと思ったのです
🌳これはお互いのエゴのぶつけ合い🌳
都内の某縁切り神社に行きました
1回目の参拝から1か月は、何も変わりませんでした
2回目
参拝から1週間後、それは起きました
彼も、こんなことになるとは想像もしていなかった、と言っていました
どれだけ私とけんかしても
意見が違っても
彼には別れる気は本当はなかったんだと思います
ただ彼はいつも、私の願いは叶えてくれようとしてくれるため、一時的にではあるのかもしれませんが、別れを受け入れてくれます
それでも数日後には、また連絡してくるのですが…
これが普通の複雑恋愛の範疇なのか
ツインレイとしての縁の強さなのか
プログラムの一環なのか
それは私にも分かりません
ただ、そこには彼のエゴもあったのだと思います
そして、そのエゴは私にもありました
彼には別れる直前、
離婚してほしい
とはっきり伝えました
そのとき彼から、
「結婚してほしい、ということか」
と言われました
はっきり言え、ということなんですけれど
でも、ここで「そうだ」と言ったら、それこそエゴの塊だったのだと、今なら分かるのです
もちろん最終的には、一緒になりたい
そんなの、好きなんだからそれを願うのは当然ではないですか
でも私はこれまで、彼に「結婚してほしい」と言ったことはありませんでした
結婚の前に、ツインレイとか、奪うとか
そんなこととは関係なく
普通の人間として、ちゃんと一緒にいられるのか
まずは対等な関係で付き合いたかった
それを叶えるには、離婚してもらうしかなかったから
私はそれを願っていたんです、ずっと
でも、それも結局はエゴなんですよね
彼の人生を、自分の望む方向へ動かそうとする
相手をコントロールする、という意味で
🌳それから私がしたこと🌳
彼は、離婚はしないと言いました
だから私は、
それがあなたが選んだ人生ならば
それがあなたの進む道だと思う
そして私は、私の道へ進む
道は違えても、私はあなたの幸せを願う
そう伝えました
そして、
彼の人生を動かそうとすることをやめたとき、私自身の現実が
少しずつ動き始めたのです
🌳それが結果的にエゴの手放しに🌳
別れた後の私は、とても楽になりました
傷つくことがなくなったからです
本当に「別れた方がマシ」そのものでした
でも、だからこそ
好きでいられる
そう思えました
でも…
離れていても毎日顔を合わせるので、気持ちは消えません
それは苦しいです
目は合わせられないし、話すこともできない
でも、隣で仕事をしていても、普通の人がいるときに感じるものとは全然違い、居心地がいいのです
本当に困った、このプログラムには
🌳委ねる、その先にあったもの🌳
彼の人生は、彼に委ねる
私は私の人生を生きる
あとは天に丸なげ
それが手放すということなのだと思っていました
でも、私の体験では
その先がありました
それは
見放し
見捨てる、という意味ではありません
彼の人生は彼に委ねながら、その行方を見続けることさえやめていく
どこかで1つだと感じていたものを
あなたはあなた
私は私
と、離していくこと
委ねていても、心がずっと彼を見ていれば、そこにはまだ期待(エゴ)が残ります
いつか気付くかもしれない
いつか何かを選ぶかもしれない
いつかまた同じ道に辿り着くかもしれない
それすらも、もう追わない
愛情をなくすことでも
縁を否定することでも
彼を見捨てることでもなく
彼の選択の先に、自分の未来を置かないこと
1つだと感じていたものを、離すこと(または、そう思おうとすること)
私にとっては、そこまできて初めて
本当の意味での「手放し」になりました
🌳最後に🌳
こみちを一緒に歩いてくださり、ありがとうございます
このエゴの手放しは、一番辛いものでありました
手放しても、手放しても、何回も戻ってくる
抗っても、抗っても、また押し寄せてくる
手放したと思っても、足りない
「手放さなければ」と思うことさえ、もしかしたらまだ握っているということなのかもしれません
彼の人生は彼に
私の人生は私に
そして、その二つの道がこの先どうなるのかは
もう、天に丸なげです
本気の本気での手放しとは
委ねること
そして私にとって、その先にあったのは
見放し
でした
そんな、気付きのご縁のみちとなりました
また、私の不思議なご縁のお話を聞いてくださると幸いです
では、今回はこの辺で
🌳こみち🌳