頭を使うということ

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コラム
「知識」と「智恵」と「知性」
似ているようで違うこの3つの言葉。

「知識」は、ある事柄について色々な面からの話ができるほど情報を持っているということ。
「知恵」は、「智慧」であり、道理を判断し処理していく心の働き。筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力のこと。
「知性」は、「知恵」と似ているが、そこに品格のような誇りや気高さ、自信などを確信的なものを感じます。
あくまでも自分の中の差を書きました。(^^;)

よく「頭を使いなさい」と言いますが、どの時点でのことなのでしょうか。

私の中では、「知識」が「知恵」「知性」になるときに「頭を使っている」というのだと思っています。

情報を得て、それを使って分析、判断している状況ですね。

私達は毎日沢山の事に「頭」を使って考えています。
どうせ使うなら、自分が楽に頭を使った方がいいと思いませんか?

だとしたら、知識を知恵へと変身させるためにあまり「判断」を入れないことです。

つまり「良い・悪い」「正しい・間違い」「好き・嫌い」を加えない事です。
現実に起こったことだけを受け止める。
そして、判断したいことがあれば、上記のような次のステップに進んで、選んだ判断については、自分が責任をもって扱うことです。
「〇〇さんがそう言っていたからそうした」ではなく、「●●がこうなったけど、私は◇◇◇だと感じたから□□□□した。」と。

「知恵」とか「知性」とかって、そこが一番大切だと思うのです。
「頭を使って」自分以外に理由を方向付けるのではなく、自分が何事においても「こう考えた。」「こう思った。」と責任をもって感情を扱ったということがそもそもなのだと思っています。

分かりやすく言うと、何か起こった時の、自分の中で起こっている感情を素直に「自分の受け止めた結果」と意識して、それ以上にこねくり回さないこと。だと思います。

「頭」は想像できます。「頭」は嘘も付けます。「頭」は危機回避のためについている警告灯です。だからと言って、現実に起きたことに必要以上の過剰な感情や価値観をつけすぎないように気を付けないと、色々なことを生み出してしまいます。

「頭を使う」時には、適度にシンプルにごまかさずに使うと良いと思います。
使いすぎには注意です。自分が大変になっちゃうからね。(^_-)-☆
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