よのやしき The Final Chapter

よのやしき The Final Chapter

記事
コラム
こんにちは、ヨノタロウです。


今日は少しだけ、
ふざけたタイトルに反して
少々重たい話をします。

でも安心してください。
重たいだけで、暗くはしません。

たぶん。



唐突ですが、

「自分って、何者なんだろう?」
「何のために生まれてきたんだろう?」

こういう問いって、
生きていく中で何度か、
急に考えたりしませんか?


私は根が暗いのか、
迷いがあるのか、
臆病なのかは、
わかりませんが、
昔はよく考えていました。

今でもたまに思いますが💦


🔹頑張る意味が見えなくなった時。
🔹自分の居場所が急に見えなくなる時。
🔹誰にも必要とされていない気がする時。


で、
だいたい結論はこんな感じ……
「まあ、考えても仕方ないか」


……って思いながらも、
心の中では全然、
片づいてなかったりするんですけどね。


そうやって、
また当たり前の日常に
戻っていきますよね。




さて、
ここからが本題です。


ここで、ひとつの漫画を題材に、
さっきの問いを少し絡めながら
話をしたいと思います。


その漫画とは、
『いぬやしき』という、
「人間じゃなくなった人間たちの話」です。

とても残酷な描写の多い漫画です。


少し視点を変えて、
ヨノタロウ独自の解釈を交えつつ、
私自身にも置き換えながら話を進めます。
※多少ネタバレを含みます。
 見たくない方はブラウザバックを
 お願いいたします🙇


アニメ「いぬやしき」
オープニング曲「My Hero」


『いぬやしき』の概要は、
高校生と50代の会社員男性、
ふたりが主人公の物語です。


異星人との不慮の事故によって、
本人の意思とは関係なく、
身体のすべてが戦闘兵器化され、
とんでもない力を持ってしまった、
ふたりの生き方の選択の話です。

ふたりとも、
自分なりの考えで力を使います。

ひとりは、
害となるものはすべて排除する選択を。

ひとりは、
人を救う選択を。

もう普通の人間ではなくなってしまった。
そんな中で、どう生きるか。




ここで素朴な疑問……


でも――よく聞く、
「普通の人間」って
いったい何なんだろう?


優しい人? 強い人?
役に立てる人が普通の人間?

道から外れた人は普通じゃないのか?


一度、『いぬやしき』に話を戻すと、
作中で描かれるのは、
とんでもない「力」を持った“善”と、
とんでもない「力」を持った“悪”。

作中では、
善と悪がわかりやすく描かれています。
だからこそ、
少し考えてしまいました。


もちろん、
人を傷つけたり、苦しめたりする行為、
まして、人を◯す行為を、
正当化するつもりはありません。


ただ私は、
誰かを救う理由も、
誰かを壊してしまう理由も、
どちらも「力」そのものではなく、
それを使う人間の「心」や「考え方」、
もしくは心のあり方から、
物語は始まっているように感じます。


じゃあ、
その「心」とは、
何を求めていたのか。

その「力」とは、
誰のために使われたのか。

もしかしたら、
誰かのために「力」を使ったというより、
そうすることで、

「生きる意味」
「自分が人間であることへの実感」
「自分がここにいていい理由」
を確かめていたのかもしれない。

私はそんなふうに感じました。




そして、
これを私自身に置き換えて思ったのは、
この問いでした。


「果たして私は、
誰かに必要とされていたのか」


正直、これを考えると
けっこうしんどくなるので、
考えないようにしている問いでもあります。


この問いに、
年齢も、立場も、肩書きも関係ない。


「必要とされているかどうか」は、
私が決めることでもないし、
相手の状況や気分、
タイミングひとつで
簡単に揺らいでしまうものです。


だから私は、
問いの向きを少しだけ変えてみました。


「私は誰かの役に立っているか?」


それ以前に、
「私は誰かの顔をちゃんと、
 思い浮かべようとしているのか?」

私を必要としてくれている人に
ちゃんと気づけて、
ちゃんと向き合えているのか。


たとえば、
いつもより返信が遅かった人のこと。
たとえば、
「大丈夫」と言いながら
目を合わせなかったあの瞬間のこと。


そんな些細なことでも、
あとから少しだけ思い出せたかどうか。

少なくとも、
その気持ちを手放したくないと、
今はそう思っています。




で、結論は……
わりと当たり前だったりします。


強くなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
完璧じゃなくてもいい。

……って、
よく聞く言葉だし、
言うのは簡単なんですけどね。


でも、その言葉を
「何もしなくていい理由」
にしてしまって、
誰にも関わらなくなったり、
自分の世界に閉じこもってしまったら、
それはそれで、
ちょっと寂しいなと思っています。


それでも――
誰かを想おう、
誰かを気にかけよう、
そう思えている限り、
人は人でいられるんじゃないかと思います。


今日、誰かに
「ありがとう」と言えたなら。


もしくは、
言えなかったとしても、
言おうとした気持ちが
残っているなら。


たぶんそれだけで、
人間でいようとしている
証拠なんじゃないかと思います。


人って、
何かができるかどうかより、
どうあろうとしているかで
決まる気がしています。


だから今日、
少しだけ誰かを想えたなら。


何も変えられなくても、
何もできなくても。


……それで十分だと、
思いたい自分も含めて。


私は、
それでいいんじゃないかと
思っています。


アニメ「いぬやしき」
エンディング曲「愛を教えてくれた君へ」


おわり。


ヨノ屋敷 壱郎 ☕️




おわりじゃねーやん!の、
あとがき


今回も、
長い時間お付き合いいただき
ありがとうございました。

今回は『いぬやしき』を
題材としてお話ししました。

正直に言うと、
この作品は
「ぜひ観てください!」と
気軽におすすめできる作品では
ありません。

センシティブな描写も多く、
人によっては
かなり不快に感じるシーンもあります。
なので、
無理に観なくてもいいです。
本当に💦


ただもし最近、
・自分の居場所がわからなくなったり
・誰かに必要とされているのか不安になったり
・何のために頑張っているのかわからなくなったり
そんな感覚があったなら。

この作品は、
答えをくれるわけではないけれど、
「問い」をひとつ置いていく作品
なのかもしれません。

た、だ、し、
この感覚はヨノタロウのねじ曲がった、
独自の感性の可能性も高く、
多くの方には
共感されないかもしれません🙇
ご視聴は自己責任でお願いします。


【題材についてのお詫び】

今回、「いぬやしき」という非常に
残酷な描写のある作品を題材にしました。
表現の過程で不快な思いをされた方に、
深くお詫びいたします。

善悪の極端な対比、
そして私自身の葛藤を言葉にするために、
どうしてもこの作品の力を借りる必要が
ありました。
軽い気持ちで選んだ題材ではないことだけ、
最後にお伝えできればと思います。




【本当、最後に。】

今回のブログをもって、
ヨノタロウとしての「言葉を探す旅」も、
「存在意義」を問いつづけた時間も、
ひとまず終着駅に着いたようです。


すごく場違いな場所で、
役に立つ情報などもなく、
空気も読まずに偏った文章ばかりを
想いのままに書いてきました。


その言葉が、
誰かにとって不快だったり、
受け入れがたいものだったとしたら、
申し訳なく思っています。


でも書きたいことは、
たぶんもう、
これまでの行間に置いてきました。


うまく言えたことより、
うまく言えなかったことのほうが、
本当は多かった気もします。


それでも、
ここまで続けてこれたのは、
読んでくれた方がいたからです。


傲慢なのかもしれませんが、
もし一度でも、
私の言葉があなたの心に触れたのなら。
もし一瞬でも、
立ち止まって
何かを考えるきっかけになれたのなら。

それだけで、
この場所にいた意味はありました。


最後に、
ヨノタロウに、
これまで付き合ってくれた方へ、
心からの感謝を。

本当にありがとうございました。

ヨノタロウ☕️の中の人

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