この世の裏側

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コラム
私はこの世の裏側を知った時、それをみんなに伝えなくては、と頑張りました。
陰謀論者扱いを受け、伝わりません。
すでにそれを知っている人と交流し、仲間がいて良かったと思いました。
彼らは今、それぞれに元気にしているといいな。と思います。ネットでやり取りをしただけです。事情があって、もう連絡は取れません。

私は人々にうまい説明はないものか、と、ますますのめり込んで調べました。
しかし、これは知りたくなかった……。と言う話まで出てきました。
……。
輝かしいほどに闇深い悪魔の所業。
でもまぁ、仕方ありません。それはもう、そうなのです。
事実は変わりません。

そこまで来て、自身を振り返りました。
私たちはいつだって試されていたのです。
悪魔はいつだって見えるところで尻尾をふっているのです。

私は過去にそれに疑問を覚えたことがありました。
大々的にニュースにすらなっていました。
その時は、それこそ「気のせいでしょ」と言わんばかりに無視したのです。
あの頃の私は、それこそ悪魔に加担していたのでしょう。

その時の私はそこまでの事実を受け入れられなかったでしょう。
今の私は、恐ろしくも事実から目を背ける方が辛いと知っています。
だから目の前にやって来たのです。
それを、受け入れられるから。
自分が受け止めきれないものは、やってはこない。
同時に、やって来たものは受け止め切れる。

学びの段階は違うのです。必要なものも、必要としているものも違うのです。
そして、私は悪魔に加担していた。と言う実績だってあるのです。

だからその時が来た時、それを知っている私たちだけが困らないようにするのは違うはずです。
だって、大半の人は知らないのです。
その時、大半の人が困ることになったらおかしいのです。
それで混乱が引き起こされると言うなら、来ない方がましです。

でもその時はくるのです。
いつになるかは知りません。
私は何かをジャッジする能力はないのです。
必要ありません。
それは神様の采配なのです。
だから私が何かを裁いてはいけなかったのです。
その能力がなくてよかった。と、思うほどです。

いつだってそれを知る機会はあるのです。
自分がどこまで受け止め切れるか。どこにいたいのか。それだけです。

でも、訴え続けます。
だって、過去からずっとそれを訴えた人たちがいたから私はそれを見つけられたのです。
ずっと、ずっと前から。続いてきているのです。
私はそこに、続いて行きたいのです。
それを知った1人として。

ありがとうございます。
アナタがずっと訴えてくれたから、今、私はそれを受け入れています。
先をゆく人たちのおかげです。
もう、止めてしまいましたか? 諦めて忘れようとしていますか?
それでもいいのです。
アナタの心が、ちゃんとそこにあったんだと私が知りました。

たまにはお休みだって欲しいのです。
ずっと、走り続けるのは辛いです。
だって、それは、孤独の道です。
終わりを知って、終わりない道をゆく。
アナタの覚悟は消えません。

最近はそのものの発信はあまりしません。
私は「No」を突き付ける行動に出るのです。
だって、それは現実です。
『誰もそんなことしてなかった』、なんて絶対に言わせません。

……。
考えたら、ある意味では私が悪魔のようでもありますね?
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