はじめまして、「須貝先生」と申します。
公立中学校の教員として16年間働いて、培った知識やスキルを幅広い方に提供したいなと思っています。
さて、今回は「お金の教育」の必要性について、感じていることをまとめていきます。
「人生的近視」「夢アレルギー」の生徒を生み出す教育
公立の中学生と話していると、その大半はその地域で生まれ育ってきていることから、世間が狭い傾向があります。
単純に知っていることや出会った人が少ないから、その少ないサンプルからものを判断しているということです。
これは別に問題ではなく、割と普通なことであたりまえです。
問題は教育の方にあります。
例えば、学校で「進路学習」として何を学んでいるかというと、多くの場合こんな感じです。
1年生「自分を知ろう ~自分の職業適性~」
2年生「仕事の種類や資格 ~職場体験学習~」「高校の種類」
3年生「(進路指導と言う名の受験指導)」
これは学校がこれまで当たり前のように何十年も行ってきたルーティンです。
少しのアレンジはされつつも大きな見直しもされないまま現在まで行われてきており、もはや「伝統的な教育」とも言えます。
しかし、その伝統の価値を問いたい。
果たして生徒は自分らしい進路を描き、そこに向けて努力することができているのでしょうか。
多くの生徒がそうなっているならば、この教育の価値は高く、続けるべきだと思います。
しかし、私が直接生徒たちと毎日接する中で思ったことは、生徒たちは「自分らしい進路」「夢」「理想の人生」という言葉に慣れておらず、価値を見いだせていないということです。
夢?
・・・そんなことより、高校進学、受験勉強、テスト、宿題に対して時間と思考を割く方が価値が高いでしょ。
こんな感じです。
「伝統的な教育」として行われてきた進路学習が、「進路=受験・就職」という価値観を増幅させているように感じてならないのです。
私はこれを「人生的近視」(自分の人生のごく近い将来についてしか考えられないこと)と呼んでいます。
それを作っているのが学校だと、私は指摘したいのです。
「夢を描けないのは学校のせいではなく、生徒個人の問題」
「個人の夢を描くことまで、学校が面倒をみる必要がない」
「中学校は生徒を希望の高校へ送り出すことが役割」
はっきり申し上げると、私は学校のこういう価値観が合わなくて、結局教員の仕事を辞めることにしました。
新型コロナの影響で、「職場体験学習」のような学習ができなくなったことを追い風に、進路学習の拡充と抜本的な見直しを、私は自分の勤務校で行ってきました。
結果として、実践した2年間で得たものは、多くの生徒と保護者からの高評価です。
その一方で同僚の先生方には、新しいことへのチャレンジのため、ビジョンの共有がうまくいかず理解が得られないことも多々ありました。大変ご不満に思われた方も少なからずいらっしゃったことと思います。
つまり、私は学校の課題解決の半ばで、顧客である生徒と保護者の満足は得られたけれど、同僚である他の教員の満足は得られなかったということです。
学校を辞めた今、私は同僚に気を配る必要はなくなりました。
求める人に求めるサービスを提供して喜んでもらいたい。
そこで私は、ココナラでの出品を決めました。
私が新しい進路学習の中に盛り込んでいたのが、今回サービスとして出品している「お金の教育」なんです。
長くなってしまったので、ブログの第一回はこれで終了します。
次回は、
お金について考えることは「夢」について考えること
ということについて深堀していきます。(予定)
私のサービスに興味を持っていただいた方は、お試しとして1回目の受講をオススメします。
お金について、夢について真剣に考え、議論し、応援しあえる。
そんな社会をつくりたいと思っています。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回のブログもお楽しみに、そして、ご縁があれば私のサービスを通して将来について考えていきましょう!