神との対話もくり返し読みことで
また新しい気づきを得られます
それを綴っていきます
あたなは義務のない関係を
考えられない
ほんとうの自分を受け入れられ
ないからだ
完璧に自由な人生を
あなたは「宗教的アナーキズム」
だと言う
だが
わたしは神の偉大な約束と呼ぶ
この約束によってのみ
神の偉大な関係が完成する
からだ
他との関係で
あなたには何の義務もない
ただ、機会があるだけだ
義務でなく機会
それが本質的ないのちの
基盤であり
そこを逆に考えている限り
いつまでたっても肝心なことは
わからないだろう
既成概念下では基本的に
何かしらの義務が発生します
一番分かりやすいのは
「婚姻関係」でしょうか
たくさんの義務が発生します
よね?
それによって自由を奪われて
いるように
感じているもの事実
(もちろん喜びも増えるのも
事実ですが)
お互いに「婚姻」という機会を
分かち合ったはずなのに・・・
義務には
相手を縛る意味合いが多く
それは不安からくる依存なんだ
と思います
裏切られるのではないか
という不安から
義務を創り出し
依存している自分を安心させる
自由なんでとんでもない!
それを実行する・守るのは
義務だ!
これを機会とするには
どうすれば良いのか?
それは「相互依存」ではない
でしょうか
相手に寄りかかるのではなく
必要な機会に相手を「お互い様」
と思える関係
この「お互い様」という
視点・考えこそが
お互いを自由にするのでは
ないでしょうか
仮に相手に自由に振舞われても
「お互い様」と思えば許せる
でしょうし
自分も自由に振舞えるのでは
ないでしょうか
「しなければいけない」
という義務から
「お互い様」という機会
こんな関係を
どんどん広げたいですよね
「手愛手」
「どうし」が つどう そら(時空)
「同志」=同じ志し
「同師」=同じ師の基で
「同仕」=同じように仕える
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みなさんの気づきのうながしになれば
幸いです
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