神との対話もくり返し読みことで
また新しい気づきを得られます
それを綴っていきます
何かを「正しい」と考え
何かを「間違っている」と
考えるのは
一方的な決めつけだ
ということを覚えてきなさい
ものごとはあなたがそう言う
から
正しいとか間違っていることに
なるのであって
それ自体に正邪はない
どんな出来事、事柄、事象にも
必ず別の側面があるという
ことです
例えば、僕は歩いている時
自転車に乗っている時は
あまり信号を守りません
これは、「間違っている」
ととらえることはできますが
信号で車を止めることは
その人の時間を止めること
ですし
Co2の観点から言っても
マイナスです
まして
早朝や深夜に押しボタン信号を
押すなんて・・・
違う側面から観ると
「間違ってはいない」
と思います
このように全ての事象には
違う側面があって
決めつけは単なる
「個人の判断」なのです
人の行為も同じで
「なんであんなことを
するのか!」
というのも「個人の判断」
なのです
個人的に大切と思っている
ことは
「自分で判断する」
ということだと思います
「世間一般的に」とか
「常識として」とした判断は
(すべて個人の判断ですから、
世間一般常識ということ自体も
ある意味ないのですが)
他者に責任を預けてしまう判断
=人生を委ねてしまうこと
なのだと思います
「自分で判断する」
しかし
「それはある側面でしかない」
ということを理解して
物事を判断するのが良いのでは
ないかと思います
具体的には
「なんでそう思うのか?」
と他人に聞かれた時に
「こう思うから」
と同意を求めず答えられれば
良いと思います
「手愛手」
「どうし」が つどう そら(時空)
「同志」=同じ志し
「同師」=同じ師の基で
「同仕」=同じように仕える
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みなさんの気づきのうながしになれば
幸いです
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