新しき啓示 第二十六章 『そうしたければ世界の人びとと分かち合えばいいが、人びとはこう…』
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『そうしたければ世界の人びとと分かち合えばいいが、人びとはこういう体験をすべきだというあなたの考え方を分かち合いのではなく、あなたが知っているあなた自身の体験を分かち合いなさい。聞かれたら教えればいいが、あなたが彼らの答えを知っていると教えるのではなく、彼らは彼ら自身の答えを知っていることを教えなさい。』
ここには2つの捉え方があります。
結局、自分で答えを見つけない限り、他人は行動は変わらないということと
常に他人に答えを求めていたら、自分の人生を生きることは出来ないということです。
本当にその人の事を考えるなら、聞かれない限り答えないというもの、立派な愛なのです。
現存するマスターは、先に「こうしなさい」と言いません。
むしろ、放っておきます。
聴かれるまでは何も指示しませんし、応えません。
ただ、聞かれた時
「自分はこう思う」
と答えます。
「こうしろ」
とは言いません。
マスターは、人生はすべてその人のタイミングで起こるべきことは起こると知っているのです。
そして、そのタイミングでないと、その人に真実が伝わらないことも、、、
だから、聞かれない限り応えませんし、最終的には自分で考えさせる言葉を投げかけるのです。