『しかもわたしはいま、可能性のスペースをもっとひろげなさいと提案している。誰かが「試す」ことが可能だと認めるのではなく、誰かが実行することが可能だと認めなさい、誰かが「神をと生命・人生についての新しい理解をもたらす」と認めなさいと言っているのだよ。』
多分やれるだろうではなく
絶対やれると認めなさい、信じなさいということです。
これはこの中に書かれている信念変えるということだけではありません。
何事に置いてでもです。
まず、「やれる」と信じなければ、何事も進むはずはないんですね。
「やれると自分を信じる」
これは、自己信頼を深めることで、やれると信じられるようになります。
自己信頼の深耕こそが、変える行動を起こす基になるのです。
自己信頼を深めるには、たくさんの幻想を見抜く、つまりいま起こっている出来事の真実を見抜く必要があります。
この世は自分が創造した世界。だとすればすべて自分を進化させるために、自分が出来事を起こしているのです。
一見、自分にとって不都合な出来事も、すべて自分にとって有益な出来事なのです。
出来事に対し
「なぜこの出来事が起こったのか?」ではなく
「なぜ、自分はこの出来事を起こしたのか?」
と視点を変えることで、幻想を見抜き、究極の真実が視えてきます。
そしてその出来事が「やっぱり、こんな理由で自分で起こしたんだ」自分で理由付けして納得できた時、自分の信頼度が自分の中で上がってきます。
自己信頼度が上がれば、自分は変われる。
誰かからではなく、自分からと変わるようになるのです。