『行動の奥にある信念に取り組まなければ、長い目で見た行動を変化させることはできない。』
信念
正しいと信じる自分の考え
法律や罰則で行動を規制しても、それは一時的な対応でしかないということです。
それは、過去を振り返れば明らかです。
なぜ、戦争は繰り返されるのか?
犯罪は繰り返されるのか?
行動を規制しても何も役に立っていないのが分かります。
行為・行動では変わらないということです。
そうではなく、その行為・行動の基となる「信念」を見直しなさいとここでは言われています。
「私たちは個々バラバラの存在である」という信念が深くあれば、相手を疑うことになります。
疑われた相手は当然、疑った相手を疑いです。疑いが次の疑いを呼び込むという悪循環になります。(結局自分に返ってくる。)
これを「私たちは一体である」とすれば、すべてが解決します。
相手を信じるから、自分も信じてもらえる。
この好循環の繰り返しになります。
そして、すべてのことを「それはすべての他人にとって有益なのか?」という考えに変わっていくでしょう。
経済・社会でいうと「分厚い契約書」は必要はなくなります。
数枚の合理的な契約内容で済むでしょう。
分厚い契約書は、明らかに「疑い」が前提となっています。
それは有益なのでしょうか??
その契約書を作るのにどれほど時間を要しているのか?
信念を変えることは容易ではありません、が、愛ある言動、正直で誠実である行動を誰かが始めなければ何も変わりません。
誰から愛ある言動を始めますか?