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『もちろん、社会全体がある考えをもつようになれば、しばしば驚くべきことが起こる。必ずしも、社会を構成する全員でなくてもいい。
たとえば、不安と怖れのなかで暮らしている社会にはー実際に、そして必ずー最も恐れられるかたちの恐怖が生まれる。
同じように、大きな共同体や集団が考えをあわせることで(あるいは一部のひとたちが言うように、同じ言葉で祈ることで)しばしば奇跡がおこる。
たとえ個人でも、その考えがー祈り、希望、願い、夢、不安がー驚くほど強ければ、奇跡的な結果を生み出す。イエスはたびたび、これを実践した。
彼は、エネルギーと物質をどう扱うべきか、どう組み合わせなおし、配分しなおし、コントロールするかを理解していた。多くの〈マスター〉もそれを知っていた。いまでも知っているひとはおおぜいいる。
あなたもそれを知ることができる。たったいま。』
『それが、アダムとイヴが食べた善悪を知る知恵の実である。それを知るまでは、あなたがたのいまのような人生はありえなかった。アダムとイヴはーこれは単に、最初の男と最初の女にあなたがたの神話が与えた名だがー人類の経験の父と母である。
アダムの堕落と説明されているものは、じつは向上だった。人類の歴史で最も偉大な出来事だった。それがなければ、相対性の世界は存在しなかっただろう。アダムとイヴの行為は原罪ではなく、じつは最初の祝福だったのだ。あなたがたは、彼らがはじめて「間違った」選択をしてくれたことを心の底から感謝すべきだ。アダムとイヴは、選択を可能にしてくれたのだから。』