先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう
P57
『その計画のもとで、純粋な霊であるあなたがたは、創造されたばかりの物質的な宇宙に入る。概念として知っていることを体験として知るには、物質的な世界で経験するしかないからだ。そもそも、物質的な宇宙秩序を創った理由はそこにあった。宇宙を律する相対性のシステムを創った理由も、すべての創造行為の理由もそこにある。』
ここではっきりと宇宙を創った理由が書かれています。
体験は物資的な世界でしかできない行為なのです。
体験をして初めて知る以上ことを知ることになるのです。
そしてそれは一人ではできなく、たくさんの人(魂)が共同で物質的体験を創っているのです。
みんな宇宙では必要で、重要な人物なのです。
『物質的な宇宙に入れば、自らについて知っていることを体験できる。それには、まず、対極を知らなければならない。簡単に言えば、背が低いということを知らなければ、背が高いということはわからない。やせているということを知らなければ、太っているということはわからない。つきつめて言えば、自分が何であるかを知るためには、自分ではないものと対決しなければならない。これが相対性の理論であり、すべての物質的な生命の目的だ。自分自身を定義するのは、自分ではないものによってなのだ。』
リアルの体験できる物資的な世界の中で、自分の定義を促すために相対性=相反するものを神は創ったのです。
自分と姿かたち・考え方が違う他人がいるから、自分が確立出来るのです。
みんな同じでは、自らを知ることは出来ないのです。
みんな同じ容姿、同じ考え、同じ性別だとしたら、あなたは誰ですか?
あなたがあなたであること証明するものは何になりますか?
『違い』こそが自分を自分だと証明する証しなのですね。
もし、自分の周りに自分と違い形、考えの他人がいるのであれば、その他人は自分を定義するために自分の周りにいるのです。
そう考えると、自分と違う他人をちょっとは受け入れやすくなるのではないでしょうか。
『さて、あなたがたは、つきつめた自分を知る、つまり創造者としての自分を知る方法について話そう。あなたがたは、実際に創造するまでは創造者としての自分を体験することはできない。そして、自分自身を創らないという経験があってはじめて、自分を創ることができる。「何かである」ためには、まず「そうではない」ことを体験する必要があるからだ。わかるかな?』
創造が出来ない自分を体験して、創造が出来た時の自分を体験できるのですね。
最初に自転車が乗れない自分がいて、初めて乗れた時に「乗れた!」という体験ができるのです。
そいう意味では「母国語を喋れた」という体験は、自分自身ではできないのかも知れませんね。
しゃべれない時の(赤ちゃんのころの)記憶が無いですから。
一方で外国語は「喋れない」という体験をしているので、「喋れた」という体験が出来るのですね。
出来ない体験が出来る体験を呼び寄せるのです。
だから、最初は出来ないようにするために、すべてを忘れて生まれてきているのです。