先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づきました。
一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
裏を返せばこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
その時、あなたの視座はひとつ上に上がることでしょう
P47
「人生とは学校のようなものだ、何かを学ばなくてはいけない、ここを「卒業」すれば、肉体というかせにしばられずにもっと大きな目的を追求できる、そう言うひとがいます。この考えは正しいのですか?」(ニール)
『それも人間の経験にもとづいた神話のひとつだ。』
「人生は学校ですか?」(ニール)
『いや。』
「何かを学ぶために、生きているのですか?」(ニール)
『ちがう。』
過去の固定観念とは全く違う考え方です。
神との対話では、『学ぶことは何もない』としています。
なぜなら、私達はワンネスだからすべての人(魂)の記憶・経験は、もうすべて体験し記憶の中に在るのです。
ただ、思い出すだけなのです。
「それでは、何のためにこの世に生きているのですか?」(ニール)
『自分が何者であるかを思い出すため、そして、創りなおすためだ。
わたしは、何度もくり返して語ってきた。だが、あなたがたは信じなかった。それはそれでいい。あなたがたが真の自分になぞらえて自分自身を創り出さなければ、真の自分にはなれないのだから。』
自分が何者かを「思い出す」
この「思い出す」が最初は理解できないと思います。
では自分は何者かを思い出すというのは
⇒神の一部であり、すべての記憶があり、何者にもなれる存在である自分という存在を思い出すのです。
そして普通は、何者かになる時は『学ぶ』と考えます。
知らないから学んで理解して成長する。
これが今までの考えです。
しかし、神との対話では
「思い出して」⇒「自分を創り直して」⇒「進化」させる
としています。
いわゆる「輪廻転生」の観点から考えると人は何度も(作者ニールは数百回)生まれ変わっており本当はすべてを知っている。
ただ、自分を創り直す(再創造)させるために忘れて生まれてきているだけだ。
だから「思い出す」なのです。
そして、その思い出したものを、新たに創り直すのです。
分かりやすく言うと
らせん階段で一段上をいくとか
ゲームで言うと次のステージにいくとか
そんな感じです。(言葉では表し難いです)
体験して思い出して、新たな気づきを得て自分を創り直す。
この循環こそが魂の進化であり、神の望みであり、宇宙が存在する理由なのです。
『学ぶ』でなく『思い出す』
これも大きな観点の違いで、神との対話が難しくさせる一因になっています。