先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づき一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
つまりこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
p.38
『だったら、べつの決意をしたらどうか。そうしたら、どんな結果になるか。
それを教えよう。あなたがたは仏陀のように生きるだろう。イエスのように生きるだろう。これまで偶像化されたすべての聖者のように生きるだろう。』
過去の「神を疑う」という考えはもうやめて、真実をみたらどうか?
悪魔は人が神を疑ったことによる創りあがられた偶像であるという真実をみたらどうか?
真実だけを見れば、仏陀やイエスのように生きることができるということです。
神からのお誘いです
『これまでの聖者たちと同じように、あなたは理解されないだろう。あなたが感じる平穏や人生の喜びを、恍惚感を説明しようとしても、ひとはあなたの言葉だけを聞いて、内容は理解しないだろう。あなたの言葉をくり返そうとして、べつの内容をつけ加えるだろう。
自分たちとは違う何をあなたは発見したのか、とひとは思うだろう。そして嫉妬をつのらせるだろう。やがて、嫉妬は怒りになり、怒りに燃えたひとたちは、神を理解していないのはあなたのほうだと言い負かそうとするだろう。
それでもあなたの喜びを奪うことができなければ、怒りのあまり、あなたを傷つけようとするだろう。かまわない、たとえ死んでも喜びを消すことも、真実を変えることもできないと言えば、ひとはあなたを殺そうとするにちがいない。そして、あなたがおだやかに死を受け入れるのを見て、あなたを聖者と呼び、ふたたび愛するだろう。
なぜなら、いちばん大切なものを愛し、つぎに破壊し、それからふたたび愛するのが、ひとというものだからだ。』
真実を見てそれを主張し始めたあなたを、過去の固定観念で固められた人は
「今まででは考えられないようなあなたの真実」
を受け入れることが出来ずに、嫉妬し怒り、あなたを傷つけようとするのです。
なぜなら、その考えは自分の信念を変えてしまうからです。
人は自分の信念を変えるような出来事を易々と受け入れることはできないのです。
だから、過去の聖者は虐げられてきたのです。
しかし、聖者はなぜ傷つけるのか、どうすれば他人がみんなが本当の自分をとり戻すのかを知っていたのです。
だから、傷つけられる状況を穏やかに受け入れたのです。(抵抗せず、逃げずに捕まる)
最後には、自分を死に至らせる人でさえ受け入れる聖者を見て他人は、人々は、過去の固定観念を破り、新しい自分、本当の自分、を見出だし、取り戻すことができたのです。
そして、聖者の偉大さ・栄光に気づき愛したのです。