先日、神との対話を再読(5回目)をした際に「第一章」に深い真実が書かれていることに気づき一番最初に一番深い真実が書かれているから『神との対話は難しい』とされるのはないかと。
つまりこの第一章を読みこなせれば、神との対話は読みこなせるのです。
この詳細記事を読んで、難しさを払拭して神との対話の世界観を堪能して下さい。
p.32
『神が啓示されていれば、神の啓示を求めるはずはないから。』
自分の内側に神を視た瞬間に啓示がされます。
だから啓示を見た人は、神の啓示を求めないということです。
求める=見えていない の肯定でもあり、それは外に求めており、それではほんとうの神は見えないのです。
『あなたは求めるものを手に入れられないし、欲するものを得ることもできない。求めるというのは、自分にはないと言いきることであり、欲すると言えば、まさにそのことー欲することーを現実に体験することになる。
したがって、正しい祈りとは、求めたりすがったりすることでは決してなく、感謝である。
現実に体験したいと考えることを前もって神に感謝するというのは、願いはかなうと認めることだ…。求めるより前に神が応えてくれると認めることだから。
決して求めたりせず、感謝しなさい。』
ここも固定観念を捨てて、素直に考えることが必要です。
「固定観念」
何かを得るために求める。頑張る。
「神との対話」
求める=これを得ていないを理解しているから、求めてしまう。得ていないことを肯定してしまいっているのです。
感謝=すでに起こったことに対する行為。すでに与えられているということに感謝することが、「自分はもう持っている、実現している」という肯定になるのです。
「言葉のあやだろう」と言われてしまえばそうなのですが、これが真実で、言葉で表現ができる最善な表現なのです。
もう持っている、実現している、として先に感謝をするというのが神との対話の解釈ですし、冷静に考えると、「先に感謝」はとても道理に適っていることが分かります。