失恋の虫と、月の輝き

失恋の虫と、月の輝き

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コラム
「美緒、聞いたよ。あの先輩のこと……」
親友の恵が、放課後の教室でそっと耳打ちしてきた。

美緒は笑顔で答えた。
「大丈夫。別に気にしてないから」

ほんとうは胸の奥で、
ぐしゃっと音がするくらいに痛んでいたのに。

教室では、泣き顔なんて誰にも見せられない。

彼女はいつものように黒板に落書きをして笑わせ、
みんなの前では明るい“美緒”を演じていた。

でも、夜。
部屋にひとりになると、その仮面は外れる。

ベッドに倒れ込んで、声が枯れるまで泣いた。

「わぁわぁ泣く」なんて子どもっぽいと思っていたけど、
その夜だけは抑えられなかった。

枕が濡れて冷たくなっても、涙は止まらなかった。

「こんなに泣いて、私、大丈夫かな」
美緒は自分で自分に問いかけた。

けれど、不思議なことに、
泣き続けるうちに心の奥でわだかまっていた黒い塊が、
涙と一緒に流れ出していくようだった。

朝になった。
泣き疲れて鏡をのぞくと、ひどい顔をしていた。

でも、その目の奥には、ほんの少しの軽さがあった。
「失恋の虫が落ちた」――そんな感覚だった。

美緒は制服のリボンを結び直し、
髪を結び直して気持ちを切り替えた。

「泣いたあとの自分を隠すんじゃなくて、
 新しい自分を始めるために」

秋の文化祭が近づき、
クラスの劇の稽古が続いていた。

美緒は主役ではないけれど、
セリフのある役を任されていた。

練習中、美緒はセリフを飛ばしてしまい、
クラス中に笑われた。

顔が熱くなる。
以前の美緒なら
「なんで私ばかり」と不満をためているところだった。

そのとき、ふと頭をよぎった。
「どこかで読んだことがある。
 失敗を怖がっていると、また同じ失敗をしてしまう――って」

美緒は深呼吸をして、セリフをやり直した。

教室に響いた声は、
さっきよりもずっと澄んでいた。

稽古のあと、恵が言った。
「美緒、あんな失恋してよく平気でいられるね」

美緒は笑った。
「平気じゃないよ。昨日は一晩中泣いてた」
「えっ、そうだったの?」

恵が驚いた顔をする。
「でもね、泣いたら、失恋の虫が落ちたの。
 不思議なくらい。だから今は、運がいいなって思ってる。」

「運がいい?」と恵が首をかしげる。

美緒はうなずいた。
「人ってさ、“運が悪い”と思うと、
 本当に悪いことが重なるんだと思う。
 でも“私は運がいい”って思えば、
 不思議と道がひらけていくんだよ」

恵はしばらく考え込んでから、
小さく笑った。
「美緒って、やっぱり強いね」

強いんじゃない。
泣いて、泣いて、泣いたから――
前を向けただけなんだ。


ある放課後、美緒は校舎を出て、
ふと空を見上げた。

西の空は真っ赤に染まり、
白い半月が浮かんでいる。

夕暮れの暗さがあるからこそ、
月の光はやさしく輝いている。

「もしかして……私も、
 この失恋があったからこそ、いつか輝けるのかな」

そう思えた瞬間、胸の奥が温かく満たされていく。
「こんなことに気づけるなんて、
 悪いことばかりじゃないね。
 この恋に出会えたから、
 私は泣いて、
 悩んで、でも前を向けた。
 ……ありがとう。
 この恋に出会えたことも、私にとっては運の良さなんだ」

美緒は空を見上げ、小さく微笑んだ。

失恋の痛みに押しつぶされそうだった自分。
でも、
泣いて、
泣いて、
前を向いて、美緒は知った。

泣いてもいい、
弱くてもいい、
失恋してもいい。
大切なのは――「私は運がいい」と信じること。

そして、いま。
あの日の涙も、失恋も、全部が美緒を支えている。

月の光に照らされながら、
彼女は笑顔でこうつぶやいた。
「ありがとう。私は、なんて運がいいんだろう」
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