あの日の言葉が、今の僕を動かす

あの日の言葉が、今の僕を動かす

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コラム
放課後の教室は、夕日に照らされ、柔らかなオレンジ色に染まっていた。
窓を開け放った廊下からは、運動部の掛け声とボールの音がかすかに届いてくる。
黒板には授業の名残の数式が残り、チョークのかすれ跡が夕日に照らされて白く光っていた。

僕はその前の席に座り、ノートを開いたまま固まっていた。
「文化祭の劇の脚本なんて、俺には無理だよ…」
白紙のページにペン先を押しつけるだけで、言葉は出てこない。

「完璧を目指すから進まないんだよ」
幼なじみの由美が、笑いながら言った。
「とりあえず、一行だけ書いてみなよ」

渋々書いた拙い一文。
──「ある日、一人の少年が」
ただそれだけ。

でも由美は「いいじゃん!」と大げさに拍手した。
その声に、クラスの空気がやわらかくなり、仲間たちの笑い声が重なっていった。
気づけば、僕の手は勝手に動き、ノートは文字で埋まっていった。

──あれから二十年。

会社の会議室。
資料の束とパソコンを前に、僕は椅子に沈んでいた。
部長から任された新企画は、会社の未来を左右する大きな案件。
「絶対に失敗は許されない」──その言葉が頭にこびりついている。

会議は来週だ。
けれど、画面に映るワード文書は真っ白なまま。
カーソルの点滅が「早く書け」と急かしているようで、焦りと恐怖が膨らんでいく。
指先は冷え、心臓の音ばかりが大きく聞こえた。

「俺なんかにできるはずがない」
小さくつぶやいたときだった。

──ふと、胸の奥で響いた。
あの夕焼けの教室での、由美の声。
「とりあえず、一行だけ書いてみなよ」

その声が、カチカチに固まった心を少しゆるめてくれた。
深呼吸をして、震える指でキーボードに触れる。

──「この企画は、人の小さな一歩を応援する」

たった一行。
けれど、その一行が、まるで堰を切るように次のアイデアを呼び込み、言葉が溢れていく。
時間を忘れて夢中で打ち込む僕の中に、確かにあの日の情熱がよみがえっていた。

青春の夕暮れに書きつけた拙い一行が、今も僕を支えている。
不安で立ち止まるたびに、あの声が聞こえてくる。

「まずは一行から」──それが僕の原点であり、
何度でも立ち上がれる理由なのだ。
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