まったく幸せになれない生き方
結論をいうと、刹那主義の自己中では幸せに生きることができない。短期的な幸福度はあっても、長期で見れば確実に不幸になる生き方なのだ。それにも関わらず、本人にとっては「最も合理的な生存戦略」と思いこんでいる
自分がかわいそうというのはやめた方が良い
他人のためにいかに生きるかなんだけどこういう人にそんなことしたら
損だといわれるので誰からも相手にされない。
例えばある人が助け舟を出してくれるがのど元を過ぎたあとでぼろくそ言う
人がいる。そのぼろくそに罵った人にはもう信用も何もない
元の嫁も貧乏のどん底を助けだしたが恩をすぐ忘れ新しい男は年収5千万円
だからと気軽に移籍してしまった
カネカネカネと昭和バブルのころそういう不動産いたけど
死ぬときは誰も見舞いに来なくて、家族からも離婚されて、叔母を
身元引受人と指名してきて叔母は寝耳にミミズですといっていた
こういう刹那的な生き方は確か仏教用語でなんとかいった。
さらっと読んだことがあるけどこれだけは思い出せない。
だんだん年取ってきて読んだ本がそらんじられなくなってきて悔しい。
イスラム教は入ってこないでほしいしクロマニオン原人も来られたら
いやだが、自分を高次元にとどめることで彼等、近寄れなくしたらいい。
次元の高い人には近寄ってこれない。
たぶん国民全員高次元だと生活しずらくていき苦しい
全面的に助けなくてよいので少しは関心を寄せましょう。
迷惑ならば気配を消しましょう