昔の思い出

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30年とか35年とか40年も前に遊んだ妹の友人。
デスコに連れてってもらってなじめず。
美術館に行ってもよくわからず
クラッシックで爆睡していた。
結婚して子供ができて離婚してその子供に子供が生まれて孫となった。
もう、ネキストジェネレーションどころか、孫の時代だ。
人間はバトンリレー。いつまでも現役をしていてはいけない。
そうやって、娘の友人、妹の友人、全部で十何人かきてパーティーをした
35年も前にはぶりの良かったころ、鉄板焼き屋でステーキを
ごちそうした時いまだに感謝される。
それが一人2人ではなくて結構な数いた。私は覚えていない。
一人でご飯食べるのが寂しかっただけ。
私には恋愛器官が生まれつきないので話を聞き、飯を食わせて帰らせただけで
解決はしなかった。
どうせ分かれるので恋愛しても仕方がない。とも思う。
あの頃はまだ駆け出しだったのだ。
それを35年とかの時間を経て、鉄板焼き屋でステーキをごちそうして
タクシー代握らせて帰らせたことをいまだに感謝されてる。
よっぽどだったんだと思う。
いまだにそうだが、カネの使い方を知らないし、人を好きになるというのも
ない。だって自分すら好きではないから。
自己愛と喜怒哀楽が小学校の頃から欠落している。
何をやっても楽しくないし、身内が死んでも悲しくもない。
全ては時間だな。世の中は壮大な暇つぶしだと思うだけ。
喜怒哀楽も愛別離苦も怨憎会苦も求不得苦も五蘊盛苦も全部若いころに
努力しても報われないのを知って夢や希望をもっても仕方がない。
と、克服しているのと、占星術でいろいろ全部それらが来る前にわかっているので、投資すらばかばかしくてしていない。
唯一祖父が生前に私名義で買ってくれたS&Pが横たわっているだけ。
でもこれは俺の財産ではなくて娘のだ。娘が相続して使うのだ。
いつ死ぬかという恐怖もない。病気の恐怖はあったが新薬師寺の薬師如来に
死神ごと病気を吹き飛ばしてもらったのでそれもない。
ただ一つだけあしたはどうなるんだという恐怖心があって、その恐怖を克服するために未来予測をして生計を立てている。
そうして、死ぬ時期に私の脳と心臓は豊川稲荷の荼枳尼天が優先して食らう
契約しちゃっているので第三の魔物が参入できない。
その後の骨は宇宙葬で燃焼させてしまうつもりだ。
私はもう生まれ変わらずに宇宙を支配する霊体の参謀役として参入する
光り輝く天の神の円卓会議一つの柱としてそれにも参画する
この地球は修行の場。感情をすべて捨てて上りとなるのだろう。
変な期待も持たなくなった。棚ぼたはないと心の底で確かめている。
今を生きているのは、死ぬまでの壮大な暇つぶしだと思えば何の怒りもこみ
あげてこないし、まあゲームのようなもので人生には幾度も何か障害がある。
そんな夢だ希望だとかないものねだりなんかして挫折するよりも、猫のように日がな一日寝て過ごすようなことが一番だとおもう。
人間とは、希望に満ちてコーネル大学の推薦におちて仕方がなく東大へ行って就職試験でJAXAをおちてしかたがなくたまたま受けた試験にひっかかり技術官僚やって、やがて邪魔にされしかたがなく京都大学にいって、しかたがなくだれも理解されない研究をするように、仕方がなく、やるせなく流されて流れていくようなことのくりかえしで、いやいやその仕事を時間が来て終わるまで
まつのが自分の人生の正解だと認識している。
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