真逆の天誅殺の二人がいると…

真逆の天誅殺の二人がいると…

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秋の長雨が続いていますねぇ、京都はもともと雨が多いですが、今年は特に多いようです。しかし子供達の成長とともに、少しづつゆとりを感じられる日が増えてきたような気がするこの頃です。

 たまちゃんも思春期に入って、自分の心境の変化に直面しているみたいです。一番大きな変化といえば、本人の話によると、子供時代にはあった全能感・無敵感がなくなっていく感覚があること。等身大の自分ってこれだけなんだ、というような感覚が押し寄せてきて、現実と自分の理想とのすり合わせに葛藤するような時間が増えたと本人は言っております。
 そうなんだよねぇ。小さい時から褒めて育てる。いいところを見て育てる。ってやっていても、小学校4年生くらいから自立が始まるわけで、そうなると、望むと望むまいと、自然と外側の社会は、嫌な現実を子供達にいろんな形で突きつけてきます。
 特に日本は、できるところよりもできないところにスポットライトを当てる社会ですから、だからこそ、親は子供を否定しなくていい。親が子供を褒めすぎて、ようやくバランスが取れるくらいなんじゃないかな、と思って育ててきたのは、当たっていたと思います。
 親に肯定されて育って良かったところは、大きな失敗をした時、自分を信じられなくなった時、それでもママは私を信じてくれた。パパは私を信じてくれた。と持ち直せることだそうです。
 根拠のない甘やかしはダメだけど、厳しさだけがしつけでもない。親が子供を批判したり、否定したり、謙虚さを身につけろと牽制したりする必要は、実はそれほどないんじゃないかなぁと個人的には思っています。
 それよりも親の社会の見方、思い込みのフィルターの方を剥がしていく方が大事なんじゃないか、と。
 性善説で生きているお人よしな考えかもしれませんが。

そうそう。今、玉ちゃんは世界的トーナメントにプロゴルファーのキャディとして出場していたおじさんコーチがくるインドアゴルフスクールに通っています。

元キャディのコーチAさんは、週に2回しか来ないので、時間が合わなかった時、別なコーチBさんにお願いしていました。宿命上はどっちの方もまぁ、これならいけるかな、という感じのコーチで、両方、レッスンプロとして、気持ちのいいレッスンができる人でもありました。

ところが、ある日たまちゃんは
「あのね・・、コーチなんだけどぉ、どっちか一人にしてもらえないかなぁ」と唐突に言ってきたんですね。
「どういうこと?どっちも教えるのは上手いと思うけど?」
と聞くと、
「いやぁ〜そうなんやけどぉ、実は二人とも言っていることが真逆なんや。それで、うち困ってしまうんや。」

具体的にどういうこと?

「Aコーチがこれをやれるようにしてきなさい、っていうでしょ。そして、次回Bコーチの時に、それをやってたら、そんなのやらんでいい。っていうんよね。そして、Bコーチに言われたことを忠実にやってたら、今度はAコーチに、それはまだ早い、意味がないからやらんでいい。って言われる。で、結局、どっちにしたらええんやぁ!ってなるからぁ…」

二人のコーチの宿命を思い出して、少し考えた後、
あああ、そういうことか!
と私は笑い出してしまいました。

そう、Aコーチは戌亥天誅殺の方で、Bコーチは辰巳天誅殺の方なんですよね。真逆の天誅殺同士です。

元々算命学には、止め合う関係性の天誅殺というのがあります。

子丑天誅殺は午未天誅殺との間でその関係ですし、寅卯天誅殺は申酉天誅殺との関係性でそうです。そして、お話に出てくるコーチたちの天誅殺の関係性、辰巳天誅殺と戌亥天誅殺が、まさにその関係性なんですよね。

止め合う、という言い方は少し語弊があるかもしれません。
逆向きの力が働くという言い方が近いのではないかと思うのです。
なんでそうなるか、というと、両者で目の付け所が全く違うからです。

先のAコーチは、ゴルフの中に精神力、精神世界を見ます。そしてコーチの仕事の中に、修行のような深みややりがいを見出そうとします。
そして、Bコーチは、ゴルフの中に現実的な結果を出すための物理的な最短を見出そうとします。もしくは、自分のレッスンプロとして最も利益が上がり楽なアウトプットを形作ろうとします。

どっちのやり方がいいとか悪いとかそういうことではなく、結局は生徒にとっては、どっちのアプローチが自分の思考形態に近いコーチなのか、ということが、自分に合ったコーチと言えるかもしれません。
 メンタルを重視している人からすると、Aコーチのアプローチによって、人間的な深みが出て、本質的な部分で視点が変わったり、物理的な囚われから解放されるという長所はあるでしょうし、現実的に何をするのかを本質的な意味から問い、その実行のために(時に倫理的なものにとらわれずに)手段を選ばずという方法論や思考が、生徒にとって普段のパーソナリティに近い価値観ならば、Bコーチのアプローチは自分の価値観の延長線上にあるので、非常にわかりやすいのです。

目的は同じでも、アプローチが違う。
山の頂上に登ろうとする意思は同じでも、そこへ至る道筋の取り方が違う。と言ったような感じでしょうか。

玉ちゃんのレッスン後、Aコーチとお話ししてみました。
すると、玉ちゃんの体の使い方のくせをAコーチはすでに見抜いていたんですね。それで、Aコーチは、レッスンをカスタマイズしてくれていた。
 たまちゃんの重心移動の癖を抜くための、さまざまな変わったアプローチはそのためにあったんですね。癖を取らない限り、正しいフォームを身につける邪魔になるからなんだと思います。

一方で、Bコーチは、少しでもゴルフのスゥイングの型を知って、段階を追って進ませていきたい。癖はやっている中で取れていくと思っている。w
そしてBコーチは、そういう段階を子供を教える時のメソッドとして、定形にして作り上げている感じがある。

どっちのやり方も悪くない。どっちが合っているかということなんだと思うけど、両方のコーチに習うと、素直な子供は混乱するのでどっちにも行けず、結果、伸び悩んでしまうということだったのでした。
「方針を一つに決めて学んでいきたい。」と玉ちゃんが言うので、どっちがいいか、と聞きましたら、「私はAコーチ。」と言ったんですね。

Aコーチのお客さん、の位置に、玉ちゃんの日干支が入りますので、玉ちゃんがこの先生だとやりやすい、と思ったのには納得ができます。
そこで、一人のコーチに定めて、毎週やっていくことになりました。

真逆の天誅殺の二人は、目の付け所が両者で全く違うので、そのことがわからないまま一緒にやっていこうとすると、お互いのやり方を見て「それ、邪道だろう!!」と驚愕します。でも、いい面もあります。自分の発想になかった方法論だからこそ、自分が出なかった答えに相手が行き着いていることもあれば、突破できない壁を突破する力を相手が持っていたりするわけです。

押してダメなら引いてみろ、とはよく言いますが、自分のやり方、を一旦やめて、真逆のやり方を選択することで、意外なほど問題が解消されていくことがあるわけです。自分がそれに悩み抜いていればいるほど、そして自分のやり方が通用しない自分の天誅殺の時ほど、意外性を突く相手のやり方が効果的に効いてくる。

そう言う体験をすることで、「なんて頼り甲斐のある人だ!」となっていき、世の中、結婚に至る夫婦も思った以上にあるんですね。
自分がギリギリのところに追い込まれている時に出会った、真逆の天誅殺の人の存在が、ありがたすぎてかけがえのない運命の人に思えてしまう…。

ところが、ところが。
そのありがたい人というのが、自分が自分のやり方を取り戻した後に、なんだか調子が狂う相手になってくる…。
例えば、どんどん発展していきたい子丑天中殺。いろんな可能性を新しく展開しようと広げていきますが、そこに午未天中殺の配偶者がいると、「そんな大変なことにわざわざ頭を突っ込む必要はないじゃない?結果はどうなるか、わかってるの?」とまとめにかかってきます。
 お互い悪気はありませんが、当人からすると自分の方法でいくか、相手のアドバイスに従うか、迷いが生まれますよね。
 ある程度、自分の中で自分のやり方がすでに出来上がっている年齢で結婚した場合、相手の意見との間に距離感をもつ余裕はあります。相手はこう言っているけど、俺はもうこのやり方でやってきたし、自信を持ってるので、ということで、割り切っていけます。そして相手もある程度の年齢であれば、これまでの実績があなたの判断を裏付けているし、あなたにお任せするわ、と手放すことができます。

でもどっちも経験が浅い若い人たちだった場合、もしくは一緒に始めたばかりの領域での話だと、軸を置いてお互いを頼りにしようとします。そこで、あーでもない、こーでもないとなってくる。
 二人三脚をしようとしても、両方が同じ足を出してしまったり、タイミングが合わなかったり、違う方向へ走り出したりして、迷走してしまうことになります。

 年齢と経験を積み重ねた後で結婚した真逆の天誅殺の二人は、そもそも相手の領域は相手の決めること、と、同じ領域でコラボを作ったり、協力関係を結ぶような二人三脚をしようとは思いません。
 元々、領域違いを了承して付き合っているということを理解しているからです。真逆の天誅殺でうまくいっている夫婦というのは、ピンチの時には手助けをするために動きはするものの、普段は、どちらかをいい意味で干渉せずにほっといてあげられる夫婦なのです。
 でも、片方が自分の世界を持っていない時にすでに出来上がったもう一人と出会ったり、もう片方のパートナーの世界が結婚後、相手独自のやり方で一から発展していった場合は、相手の世界に自分がいません。
 自分の存在意義が薄くなっていきますので、とても焦ります。気が付けば、相手に合わせてひっそりと生活してきた結果、自分を確認するものや自分の積み重ねてきたものが何もない、ということになりかねないのです。

 でも、お互いがお互いのやり方で、その道の一角の人になっていた場合は、そうした焦りもなく、お互いへのリスペクトを保ちながら、嫉妬もなく、自分の見えない部分を指摘してくれる相手として、その立ち位置を安定化させていくような良い関係を作ることができます。

 昔、美男美女カップルだった、辰巳天誅殺の浜崎あゆみさんと、戌亥天誅殺の長瀬智也さんが破局したのも、どちらかにお互いをアクセサリーか、自分のイメージアップのための存在として今以上に相乗効果を出そうという動きが働いたからだったのではないかと、なんとなく思います。
 もし結婚を決めるならば、活躍する業界を変えるか、どちらかがタレント業でどちらかがファッション業界事業など、何か芸能界じゃない業界で活動していくとか、そもそもお互いの領域が違うところで活動しながら、その癒しを求めるための同居夫婦、ということであればよかったんじゃないかなぁ、となんとなく思うのです。

 夫婦の問題はまぁ本人たちの好き好きですから、いいんですけど、真逆の天誅殺の夫婦の間で難しいのは、子育てです。
 子育ては、一つの方針を持って育てていく必要がある世界です。
食育一つにしても、一人はありがたくなんでも選ばず食べていくべきだと子供に教え、もう一人は、世の中は添加物毒だらけだから、子供に健康的な食べ物を選んで、害のある食品は食べないように、と教えていたとしたら、子供は両親の二つの方針の間で混乱してしまいます。
 大抵の子供は、母親の方針の方に従うと思いますが、進路相談、結婚観、色々なところで、真逆の天誅殺の両親がいる子供というのは、そうした矛盾に晒されやすい、という傾向があります。
 結局親の言うことを聞くと混乱するので、何もしない、ということを選択する子供になったら、困りますよね。
そういう子供は、親に翻弄されてダメになってしまうのでしょうか?

いえいえ、そんなことはないと思います。面白い事実もあります。
普段、矛盾を内包した宿命を持つお子さんを見ますと、そのご両親の宿命が真逆の天誅殺の二人であることが多いんですよね。w
つまり、両親の矛盾が最初から環境として定まっているところに、矛盾に晒されることで自分の宿命を解消する子供が生まれているということです。
子供は親を選んで生まれてきている、と実感されるのはそのような時です。
また、もし価値観の違いにより、折り合いが悪くなって離婚すると決まっているならば、その子供は親を頼らなくても生きていける宿命で生まれていたりするわけです。どちらに引き取られるべきなのかも、宿命に書かれています。
 どんな子供も、両親という環境を飲み込めるように宿命がうまく働いて生まれてきているんですね。
私は、不幸な環境に生まれたから、終わり。ではないわけです。w

矛盾を内包する宿命の子供は、葛藤が大きいのは確かです。しかし、その矛盾をうまく解消する方法や考え方を編み出したら、幅の大きい人になりますし、ケースバイケース、柔軟にどっちにも行ける人になります。
悩み力を大きな力に変えていける人です。
 夫婦の場合、仲が悪くなると、夫は妻の価値観を否定し、妻は夫の価値観を否定する見方で子供に語りますので、どちらにつくかによって、もう片方は悪の権化にされてしまいます。価値観がそもそも違うので、解釈が間違ってしまうことは多々あり、どっちが正しいのか、という観点で見ると、子供からしたら、もう甲乙つけ難い混乱があるでしょう。
真逆の天誅殺の夫婦だったんだ、ということがわかるだけでも、どっちをさばく必要性もなく、両親の離婚に納得感が生まれるはずです。

もしかすると、先に出てきた、ゴルフのAコーチとBコーチの間に挟まれても、矛盾を内包する宿命の子供たちは、良いとこどりをしてうまく立ち回れて伸びていけるかもしれませんが、玉ちゃんの宿命は矛盾がほとんどありませんので、そこが仇になり、二人の真逆のコーチの間で教えを消化できなくなってしまった可能性もあります。

 玉ちゃんの選んだAコーチの宿命は、玉堂星が運勢のキーポイントになる人です。世界第一線で活躍したということであれば、この玉堂星をフルに生かした人であるはずですが、案の定、研究熱心な方です。
 Aコーチ主体に通ってくるようになったら、玉ちゃんの癖がどうやったら抜けるか研究してくれていた。
 ペンギンのような動作で一列のボールを打つとか、カーブしたボードの上で打つとか、色々な練習方法を用意して待ってくれていて、普通のゴルフ練習場にいるレッスンプロのレッスンを超えたユニークな授業をいつも用意してくれています。そして、変な練習だけど、人の倍の速さでうまくなってるのを実感してると、玉ちゃんは言っていました。
 私の体型にちかいプロを見つけて、真似しなさいって、目標にできる女子プロをAコーチが探し出してきて、動画を見せてくれたんだよ、って言っていました。昨日も宝塚の女子ゴルフのトーナメントが中継されてましたが、楽しそうに見ている玉ちゃん。
 私は子供の頃、自分の父親が見るゴルフ中継ほどつまらないものはなかった。でも、実際にやっている子供にとっては自分を投影させて夢中になれる時間なんですね。人生の豊かな時間を増やしてくれる学びになってよかったです。そして、ゴルフを通じて、パパと仲良くなって、甘ったれたいドラえもんママから少しづつ離れて社会に関わり始めているプロセスを微笑ましく思っています。

 思春期になるほど、子供たちに広い社会を見せてくれる行動力を持つ男性の存在はとても大事になってきます。そしてそれは、人生を冒険してきた男性にしかない力です。男性は、勝てるか勝てないかわからない何かに挑戦することによって、のちに子供たちに勇気を与える存在になっていきます。

 将来の自己保身のために、小さくまとまる生き方をするために、いい大学に行ってくれよ、いい会社に勤めてくれよ、危ないことはするな、世間体の悪いことはするな、というような男性は風の時代、これから女性にますます遠ざけられていくことになるでしょう。それは、貫索星・石門星の陰転的な生き方であるからです。おとぎ話にあるように、女性たちはいつの時代も、冒険する男性にワクワクするのですから。

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