(302日目)幸せの尺度。

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コラム
今って、
とても守られた時代だと思うのね。
(※ 個人の感想です)

いわゆる弱者が尊重されたり、
マイノリティが声を上げて
社会を動かす原動力になったり。
(もちろん全てでは無いけども)

パワハラ、カスハラ、モラハラと
昔だったが当たり前にされてたことも
社会問題化して軌道修正の機運が生まれる。

あと思うのは、
個人を尊重する時代だよな〜、と。

個人を尊重するからこそ
異なる考え方も受け入れてもらいやすいし
社会的に不適合であっても
それなりに生きていける社会な気がする。

弱者であったり社会に適合しない人にとっては
恵まれた時代になりつつあるのかも知れない。

ただ、それが幸せかと言うとどうなんだろう。

幸せとは、
それと比較できるものがあるからこそ感じられる
そんな気がしますな。

自分がツライ経験があるからこそ
それを乗り越えた今を幸せに感じたり、

今よりもシンドイ時期を過ごした経験があるから
今の生活を幸せに思えたり。

常に恵まれた状態で過ごしていたら
幸せを実感できないんじゃないか?
そのように思ったのです。

それはまるで
あらゆる菌・ウィルスから守ってくれる
無菌室で育ってきた人間が、

突然外に放り出されたら即病気にかかって
取り返しがつかない状態になるのに似ている。

世の中の汚いものに触れてきたことで
得られてきた抗体が自分を守ってくれるように、

自分の思い通りにならないことや
自分の弱さが原因で何ともならなかったこと

そんな経験の積み重ねがあるから
自分の強さを生み出し、
自分が幸せと感じれるための行動に繋がる。

そんな経験が無ければ、
今の守られた環境を幸せと感じることもないし
何なら当たり前と感じているかも知れない。

少なくとも、
私はそんな生き方は幸せじゃないよなぁ
と思ってしまう。

世の中の汚れた部分や
耐え難い矛盾すらも知った上で
生きてる方が幸せを実感できる。

失敗しなけりゃ経験にならない。
経験がなければ成長にならない。
成長しなけりゃ比較もできない。



本当の意味で「強く生きる」ことは
体験からしか生み出せない。

多くの体験が積み重なって
初めて幸せを実感できる。

良いことも、悪いこともひっくるめて
経験・体験が大切だということを
当たり前に思える社会が望ましい。

そんな今日この頃っす。
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