誰かの幸せを願いすぎないために|境界線と存在の意味

誰かの幸せを願いすぎないために|境界線と存在の意味

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コラム
喫茶店で感じた「おもてなし」と、人との境界線
こんにちは。「灯台と凪」塾長の細井敬太です。

今日は、いつも通っている喫茶店で感じたことを、少し書きたいと思います。
紅茶を飲んで、感じる
目の前の紅茶を見て、
「これは美味しいのだろうか。それとも、不味いのだろうか」と思うことがあります。

でも、見た目だけでは、わかりません。
実際に一口飲んでみて、はじめてわかります。

目の前の景色もそうです。
心地いいのか、そうではないのか。

聞こえてくる音もそうです。
静かなのか、うるさいのか。

なにが、いま見えているのか。
なにが、いま聞こえているのか。
ただ、一度立ち止まって、感じてみる。
それだけで、自分の内側が少し静かになることがあります。



「おもてなし」という言葉
私が29歳から通っている喫茶店のコンセプトは、「おもてなし」です。
おもてなしとは、どういうことなのでしょう。

もてなされる感覚とは、どういう感覚なのでしょう。
もちろん、京都のスターバックスでも、同じような気持ちになれるはずです。
それでも、なぜか、この店に来ると、ある思考や感覚が現れては消えていきます。


理由は、うまく説明できません。
でも、そこにある空気、人の動き、音、光、紅茶の温度。


それらが、なにかを静かに運んでくる気がします。


その感覚に、少しずつ敏感になっているのかもしれません。


人を思うことと、境界線

以前の私は、人と会話すると、疲れてしまうことがありました。
目の前の人の幸せを願いすぎて、
過剰にアドバイスをしようとしたり、
相手の反応や、言葉の奥を感じとろうとしたりする。

相手を思う気持ち自体は、悪いものではありません。
でも、その気持ちが、相手との境界線を越えていくことがありました。

相手の人生を、自分がなんとかしようとする。
相手の反応を、自分の責任のように引き受ける。

そうして、自分自身が疲れていく。

境界線を保つということ
塾長である私と、あなたの境界線は、大事だと思います。

この境界線をしっかり保てたとき、
私の存在は、あなたの中のなにかへ、
自然と影響を与えることがあります。

そして、与えないこともあります。



影響を与えることを、目的にしない。



与えないことを、落ち込む理由にしない。


私は、私としてここに在る。
あなたは、あなたとしてそこに在る。


その距離感の中で、
なにかが自然に触れ合うことがあります。


それでいいのだと思います。


存在の意味は、自分が与える


私は、善人かもしれないし、悪人かもしれません。


太陽の王かもしれないし、
ただの一般庶民かもしれません。


自分の存在の意味は、
それぞれが自分自身に与えているものだと思います。


誰かが決めることではありません。

外側の評価が決めることでもありません。


今日も、そんなふうに感じながら、
ヒロコーヒー西宮北口店に存在しています。


紅茶を一口飲む。
味は、まだわかりません。


でも、今この瞬間を、味わっています。


細井敬太


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