恋愛の枠を超えて。今、心が惹かれる「愛の周波数」
こんにちは。灯台と凪です。
今日は、恋愛という言葉だけでは収まりきらない、「愛のあり方」について綴ってみたいと思います。
誰かに惹かれること。
会える日を待ち遠しく感じること。
触れ合うぬくもりに、心がほどけること。
そんな時間には、かけがえのない喜びがあります。
けれど今、私が心を寄せているのは、そのときめきだけではありません。
もっと広く、もっと静かに、人と人の間に息づく愛に関心が向いています。
ときめきを否定するのではなく、その先にも目を向ける
恋に夢中になる時間も、身体を通して感じる親密さも、否定したいわけではありません。
ただ、それだけでは表せないつながりも、大切にしたいのです。
何か特別なことをしてくれなくても、一緒にいると無理をしなくていい。
意見が違っても、すぐに相手を否定せず、「あなたはそう感じるんだね」と耳を傾けられる。
会えない時間にも、相手には相手の暮らしがあることを忘れない。
私が今、惹かれているのは、そんな日々の関わりに宿る愛です。
これは、どちらが上で、どちらが下という話ではありません。
今の自分が、どんなつながりを大切にしたいのか。
その輪郭が、少しずつ見えてきたのだと思います。
愛することと、自分の思いどおりにすること
誰かを大切に思うほど、期待が生まれることがあります。
もっとわかってほしい。
もっと近くにいてほしい。
自分と同じ気持ちでいてほしい。
そう願う自分を、責める必要はないと思います。
けれど、その願いを相手がかなえてくれることだけが、愛の証しになってしまうと、お互いに苦しくなることもあるのではないでしょうか。
「私は、こうしてもらえるとうれしい」
そう伝えることと、
「私を大切に思うなら、こうするべき」
と求めること。
似ているようで、その間には違いがあると感じています。
自分の気持ちを伝えながら、相手の気持ちにも居場所を残す。
そんな関わり方を、私は大切にしていきたいのです。
自由を大切にすることは、我慢を続けることではない
相手の自由を尊重する。
その言葉には、やさしい響きがあります。
でも、それは、自分の寂しさを押し込めたり、傷つくことを受け入れ続けたりする意味ではありません。
嫌なことには「嫌だ」と言っていい。
疲れたときには、距離を置いてもいい。
大切な相手にも、できないことがあっていい。
相手の存在を大切にするのと同じように、自分の存在も大切にする。
その両方があってこそ、私が願うつながりに近づける気がします。
どちらか一人が、自分を小さくし続ける関係ではなく。
お互いが、自分のままで呼吸できる関係へ。
私が「愛の周波数」と呼んでいるもの
ここでいう「愛の周波数」は、何かを数値で測ったり、人を段階で分けたりする言葉ではありません。
私にとっては、人と関わるときの心の向け方を表す、ひとつの比喩です。
すぐに決めつける前に、少し耳を傾けること。
言葉にならない気持ちを、無理に聞き出さずに待つこと。
相手の「今は話せない」を、自分への拒絶だと急いで結論づけないこと。
そして、自分自身にも同じやさしさを向けること。
いつもできるわけではありません。
余裕がなくなる日もあれば、わかってほしい気持ちが強くなる日もあります。
それでも、気づいたときに立ち戻りたい。
私が「愛の周波数」という言葉に込めているのは、そんな願いです。
名前よりも、その間にあるものを
恋人、夫婦、友人、家族。
関係に名前があることで、安心できる場面もあります。
一方で、その名前だけでは語りきれないご縁もあると思うのです。
私が見つめていたいのは、関係の呼び名だけではなく、その間で、お互いがどんなふうに扱われているかということ。
安心して話せるだろうか。
違いを持ったまま、向き合えるだろうか。
断ったときにも、尊重されるだろうか。
そして、私自身も、相手にそう接しているだろうか。
愛について考えることは、自分の日々の振る舞いを見つめることでもあるのかもしれません。
華やかな言葉だけではなく、小さなやり取りの中で。
近づくことだけではなく、ときには待つことや、離れる選択の中にも。
相手も自分も、置き去りにしない。
そんな愛のあり方を、これからも静かに大切にしていきたいと思っています。
灯台と凪
細井敬太
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