【詩】時ばかり

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列車で十六時間
めまぐるしい雑踏から絞り出るように街を離れやってきた
夜を飛ばしてトンネルを巡り 十六時間
……十六時間といえど
時の速さはプレストからアダージョへ
時計の針も緩やかに数字を数えて散歩する
まるで全てを放り出すかのようにこの列車に乗ったけれども
本当は皆背負っている
分かっているが……忘れよう

疾うに明けている日の下に立ち
ただ気の赴くままに散策する
意味という意味もなく
目的を探すという目的で
見つけたのは古い家
扉は開いている
紅、白、紅、白……花が霧のように舞うなかに彼の記憶を垣間見る
家事をする母親 洗濯物がひらひらと
滔々と話をする男たち
子供もいて 地べたに絵を描いている
花の色は思い出の色
花弁は記憶を還していた

……生きていく者は
心のなかに秤を持っている
生きていく者は 生きるために
道々に落ちているものを荷物として
その秤に積んでいかなければならない……自分の秤が壊れて死ぬまで
そして死んだものは 再び生まれるために
来た道を戻り 荷物を下ろしていく
……この家にはもう誰もいない
彼はただひとり残された
喜びも悲しみも いつかは砂塵となるだろう
時というものは
生きる者を癒すこともあり
深い傷を負わせることもあり
優しく、淋しく、哀しい
……私も自分の荷物を思い出し 歩いて行かなければ

列車で十六時間
……十六時間といえど
時の速さはアダージョからプレストへ
時計の針は素早く弧を描き
心臓は忙しなく震えていく
あの街へ戻っていく……ああ
トンネルを抜ければ新月の夜
星は燐寸の火のようで



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