当事者の視点と外野の視点(火垂るの墓)

当事者の視点と外野の視点(火垂るの墓)

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その時に、その人だけにしか見えていない世界はあるように思います。

火垂るの墓は、作家の野坂昭如さんが、実際に体験したことを元に
(必ずしもすべてが実話ではなく、実話の方がもっとえぐい面も
ありますので、調べられる方は自己責任でお願いします)
作られているそうですが、清太は節子を守れたし、おばさんに頭を
下げてでも、その家にどれだけ肩身が狭くても置いてもらうべき
だった、そうしたら節子は守れたかもしれないというのは、その時代を
その年齢で、尚且つ戦争になる前、清太の家族はそれなりに裕福だった
のですから、そういう背景を背負って、生きた人にしか、清太の事を責められないと思いますし、そういう経験をした人は清太を責めないと思います。
私達は単にテレビの前で映画を見てそう言ってるだけに過ぎません。
その時を自分でその体を持って生きる事と、終わった後にその結果を見て
色々言うのは、白と黒くらい違う事です。
事実として出ている面を読んでも、その時代のその年齢の子がそれを
してしまったことを私はとても責めることは出来ません。

それで、どうして今更、火垂るの墓の話をするんだって思われるかもしれない
ですが、当事者にしか分からない苦しみっていつの世もあるものと思います。

その年齢の時に、私はこれくらいしっかりしていたよ、という時もあると
思いますが、相手には秀でた何かがあって、私達が体験してきた、あるいは
勉強して来たようなことは必ずしも出来なかったかもしれないし、一般人の
社会性は必ずしもないかもしれないけれど、その当事者において、その人にしか分からないことが沢山あります。彼や彼女たちの才能とそうでない部分、
これらは私たちに当てはめると私達庶民には、社会性や一般常識的なことには
秀でている面もありますが、まだ発芽していない才能もあります。
私達の才能が発芽するのは明日かもしれません。そうなって才能を輝かせた時に誰かが、この人はこの面が全く出来ていないと言うかもしれません。
でも、それは才能を育てるために「得意でない部分」は当然出来ると考えませんか?そのために時間を割いて練習やその面の勉強をして行動を起こしている
のだから、何もかも完璧には出来ないでしょう。
何かに時間を使う時、別の何かの時間は減っています。

私達は戦火の中にいない、そうかもしれませんが、このコロナや世界的な戦争、物価高などの様々な要因から今までよりもずっと苦しい中生きている
という点では、今よりずっと、後の世界から見た時に仕方ない面もあるし、救えた命もあったのにと思うことがあるでしょう。

極端な決断をするホロスコープはあって、それは冥王星とASC,MCを含む
太陽から、月、水星、金星、火星、までに冥王星の合、もしくはハードが
あるケースです。今、私が心配している方はこれに該当しています。

どんな方が誹謗中傷されているのか分からないですが、もしもファンの方
ならば、その先に命があります。折角、同じ時代に生きて応援出来ている
ことは幸運だと思いませんか。私が10代後半から30くらいまで
応援していた推しは亡くなりました。推しと言っても、出ている映画を見たり
ドラマを見たり、それだけですけど、リアルタイムでドラマを見れていた頃は
それだけで私は嬉しかったです。
亡くなった時にやっぱり寂しかったです。病気で亡くなられているので仕方
ないんですけどね。もしこれが、何かを苦に追い詰められてだったとしたら
私は心の持っていきようがないし、殆どのファンの人はそうなんじゃないかと
思います。
あえて、誰と書きませんけど、その当事者だけでなく、ルールを守って応援
している人々の心まで苦しめるかもしれません。今、それらの行動を辞める
良いタイミングの方はこのブログを見られていないと思いますが、もし読まれている場合、誹謗中傷によってもしも誰かが亡くなったらその方とその家族と友人とそしてファンの方達の心も一部死にます。
それだけのカルマを背負ってまでそうしたいでしょうか。
恐らくそうではないはずです。


同じように救えた命を、今どうこう言って帰って来ませんけど、今ある命も
あると思い今日記事を書きました。
推しがテレビなりショーなり、見れる同じ世界にいられるって幸せです。

長くなってしまって申し訳ないです。最後までお読み頂きありがとうございました。



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