お母様が息を潜めるように静かに、けれど確実に最期の時へと向かわれている穏やかな時間。
その傍らで、面会のたびに「点滴、少なすぎるんじゃないかしら」「たくさん入れたら、もっと長生きできるんじゃ…」「でも、増やしたら本人が苦しくなっちゃうのよね?」と、同じ問いを何度も繰り返す娘様。
答えはもう頭ではわかっているはずなのに、お母様の命が縮まっていく恐怖と、「何かしてあげたい」という溢れるような愛しさの間で揺れ動き、立ち止まってしまう――。
そんな娘さんの葛藤と、そっと寄り添う看護師のまなざしを描いたブログ記事に仕上げました。
点滴を増やせば、もう少し長生きできる?――葛藤する娘さんと、静かに時を刻むお母様
「看護師さん、やっぱりこの点滴の量、少ないんじゃないかしら」
「たくさん入れてもらえたら、もう少し長生きできるんじゃない?」
「……でも、たくさん入ると本人が苦しくなっちゃうのよね?」
お母様の面会に来られるたび、年齢相応な認知度である娘さんは何度も、同じ質問を繰り返します。
ベッドの上でのお母様は、静かに目を閉じ、まるでゆっくりと、丁寧に最期の時間を刻んでいるかのように穏やかです。
点滴を増やせば体に水分が溜まり、痰が増えて息が苦しくなったり、手足がむくんで痛んでしまったりすること。今の点滴の量が、お母様の体に一番負担をかけない「一番優しい量」だということ。
娘さんは本当は、頭ではちゃんとわかっていらっしゃいます。
ご自分で答えを口にされていることからも、それがよく分かります。
それでも、質問せずにはいられないのです。
もしあなたが訪問看護師なら、そしてもしあなたがこの娘さんの立場なら、どう声をかけますか?
✿「何度も聞く」のは、心が追いついていない証拠✿
医療の知識として理解することと、愛する親の死を受け入れることは、まったく別のことです。
日に日に小さくなっていくお母様を見るたびに、娘さんの心は「このまま何もしなくていいのだろうか」「見捨てていることにならないだろうか」という強い罪悪感と悲しみに押し潰されそうになっています。
だからこそ、私たちは何度同じことを聞かれても、絶対に「前もお伝えしましたけれど」とは言いません。
「点滴の量が気になりますよね」
「お母様のために、何かできることはないかって、ずっと考えていらっしゃるんですよね」
まずは、その質問の奥にある「お母様を深く愛する気持ち」をそのまま受け止めます。
✿「同じ質問を繰り返す」のは、娘さんの心が必死にお母様の死と向き合おうとして、揺れているプロセスの真っ最中だからです。✿
点滴の代わりに「娘さんの手」でできること
点滴パックを見つめて不安になる娘さんに、私たちがそっと提案することがあります。
「点滴でお水を足すことはお母様の体を苦しめてしまうけれど、お口の中を湿らせてあげることは、お母様にとってすごく気持ちが良いんですよ」
「この綿棒に少し水を含ませて、お唇を潤してあげてもらえますか?」
「お母様の手、少し冷たくなってきましたね。このアロマオイルで優しくさすってあげましょうか」
点滴という「医療」に頼らなくても、娘さんのその手で、お母様をこんなにも癒してあげられる。
「何かしてあげたい」という娘さんの溢れるような愛情を、点滴の数滴ではなく、直接お母様に触れる「手あて」へとそっと繋ぎ直します。
あなたなら、どうしますか?
お母様は今、静かに、そして誇らしくご自身の人生の幕を閉じようとされています。
そして娘さんは、その姿を前に、身を削るような思いでお母様を見守っています。
何度も繰り返される同じ質問。
それは、娘さんがお母様に贈っている「最大の愛の言葉」なのかもしれません。
「もう十分やってあげていますよ」
「娘さんがそばにいて、声をかけてくれることが、お母様にとって一番の薬なんですよ」
私たちは何度でも、娘さんの不安を受け止め、何度でも同じ答えを優しく返し続けます。
看取り期は難しい医療の判断に苦しむ必要はない時間とも言えます。
娘さんにはただ、お母様のあたたかい手を握り、これまでの感謝を伝える時間に専念してほしい――。
静かなお部屋でカチコチと刻まれる時の中で、私たちは今日も、ご家族の心にそっと寄り添い続けています。