夏の夜、まだ蒸し暑さの残るリビング。
エアコンの効いた部屋で、彼女はソファに座り、缶ビールを片手にため息をついた。
「今日、仕事で嫌なことがあってさ……」
彼女はそう言うと、テーブルの上のスマホをちらりと見て、また視線を落とした。
声には、いつもの元気がない。
「上司と意見がぶつかっちゃって。私もちゃんと説明したんだけど、全然わかってもらえなくて……」
彼女の指先が、缶のプルタブをいじる。
キッチンで洗い物をしていた彼は、その言葉を聞いて手を止めた。
振り返り、彼女の隣に腰を下ろす。
「だったら、もう一回ちゃんと理由を説明したらいいんじゃない? それでもダメなら、別の人に相談してみたら?」
彼女は少し間を置いてから、
「……そうだね」
とだけ答えた。
テレビの音だけが、部屋に流れていた。
彼はちゃんと話を聞いてくれた。
しかも、どうすればいいかまで一緒に考えてくれた。
それなのに、彼女の胸には何かが引っかかったまま残っていた。
彼女が本当に言ってほしかったのは、
「それは嫌だったね」
「大変だったね」
そんな一言だったのかもしれません。
一方の彼も、彼女を困らせようとしたわけではありません。
彼女が困っている。
だから「どうすれば解決できるだろう」と考えた。
二人とも相手を大切に思っているはずなのに、なぜか会話が噛み合わない。
こんな経験、あなたにもありませんか?
なぜ二人の会話は噛み合わないのか。
それには、大きく2つの理由があります。
ひとつは、男と女では「会話の目的」がそもそも違うから。
もうひとつは、それぞれが持つ「エネルギーの向いている方向」が違うから。
それでは、詳しく見ていきましょう。
理由①:会話の「目的」が違う
実はこの二人、同じ話をしているようで「会話の目的」が違っています。
コミュニケーションの目的は、大きく3つに分けて考えることができます。
①「より良い結果を出したい」
問題を解決したり、答えを見つけたりするための会話です。
仕事で相談する。
お客さんにプレゼンする。
「どうしたらいいと思う?」とアドバイスを求める。
この会話では、
「どうすればうまくいく?」
と考えることが大切になります。
より良い気分になりたい
「今日こんなことがあったよ」
「この映画、面白かったね」
「今度ここに行きたいね」
②「楽しい気持ちや嬉しい気持ちを共有するための会話」です。
ここには必ずしも、答えもオチも必要ありません。
「分かる!」
「それいいね」
「楽しそう!」
それだけでいいのです。
③嫌な気分を減らしたい
「今日、会社で嫌なことがあった」
「友達にこんなことを言われた」
「なんだか今日は疲れた」
そんなとき、人は必ずしも問題を解決してほしいわけではありません。
「それは嫌だったね」
「大変だったね」
と受け止めてもらうことで、気持ちが少し軽くなることがあります。
では、冒頭の二人はどうだったでしょう。
彼女は③。
嫌だった気持ちを聞いてもらい、共感してほしかった。
ところが彼は①。
「困っているなら、どうすれば解決できる?」
と考えた。
彼女は「分かってほしい」。
彼は「解決してあげたい」。
だから会話が噛み合わなかったのです。
理由②:エネルギーの「向き」が違う
男性は「問題解決や目的達成」のために話し、女性は「感情の共有や共感」のために話す。
この視点だけでも、二人の会話の謎が少し解けてきます。
では、占いの視点から見るとどうでしょうか。
東洋の占いでは、古くから「陰と陽」という考え方があります。
男性は「陽」。
女性は「陰」。
そして易経では、陽を象徴するものとして「乾為天(けんいてん)」、陰を象徴するものとして「坤為地(こんいち)」があります。
乾は「天」。
動く、進む、始める、外へ広がる。
現状に働きかけ、物事を前へ動かしていくエネルギーです。
一方の坤は「地」。
受け止める、包み込む、育む。
やってきたものを受け入れ、その中で育てていくエネルギーです。
漫画で見ると分かりやすい
少し難しく感じるかもしれませんが、もっと身近な「漫画」で考えてみると、この違いが見えてきます。
たとえば「乾」のイメージは、
『ドラゴンボール』『刃牙』『ハイキュー!!』『アオアシ』
強くなる。
勝つ。
目標を達成する。
昨日の自分を超える。
物語を動かしているのは、
「この先どうなる?」
「どうやって勝つ?」
「どうやって成長する?」
という、前へ進んでいく力です。
まさに「前へ、上へ、外へ」と向かっていく乾のエネルギーです。
だからこそ男性はこんな漫画がすきなんですね。
一方、「坤」のイメージとして考えてみると、
『Free!』『君に届け』『NANA』『ハチミツとクローバー』
などがあります。
特に『Free!』は、水泳というスポーツを題材にしながらも、勝ち負けだけではありません。
日常の出来事から生まれる感情の変化、仲間との関係、すれ違い、再会、それぞれが抱えている想い。
そうした人と人との関係性や、その関係が少しずつ変わっていくプロセスも物語の大きな魅力になっています。
「この人は今、何を感じているんだろう?」
「二人の関係はこれからどうなっていくんだろう?」
「その気持ち、分かるなあ」
そんなふうに、登場人物の気持ちや関係性に心を動かされる。
「どうやって勝つ? どう成長する?」にワクワクする乾。
「この人は何を感じている? 人との関係がどう変わっていく?」に心を動かされる坤。
こうして漫画に置き換えてみると、「乾」と「坤」のエネルギーの違いも少しイメージしやすくなるのではないでしょうか。
冒頭の会話に重ねてみると
この違いを最初の二人の会話に重ねてみると、さらに面白いことが見えてきます。
彼女が、
「今日、仕事で嫌なことがあってさ……」
と話した。
すると彼は、
「だったら、こうしたらいいんじゃない?」
と答えた。
彼の意識はもう、今起きたことの「その先」に向かっています。
どうしたら、この問題を解決できる?
前へ動かしたい。
これは「乾」のエネルギーと、とてもよく似ています。
一方の彼女が欲しかったのは、
「それは嫌だったね」
という言葉でした。
今すぐ前へ進みたいわけではない。
まず、
「今の私の気持ちを受け止めてほしい」
のです。
こちらは「坤」のエネルギーと重なります。
つまり二人は、同じ会話をしているのに、
彼は「前へ動かしたい」。
彼女は「今を受け止めてほしい」。
エネルギーの向いている方向そのものが違っているのです。
そう考えてみると、
「なんで私の気持ちを分かってくれないの?」
と思っていた彼の言葉も、少し違って見えてきませんか?
彼はあなたを無視していたのではなく、
「困っているなら、何とかしてあげたい」
と彼なりの方法であなたを助けようとしていたのかもしれません。
天と地が出会うと、二人の会話は変わる
では、前へ進みたい「天」と、受け止めてほしい「地」は、どうしたらうまくいくのでしょうか。
東洋の暦書には、こんな考え方が残されています。
天と地が交わることで、この世界が生まれた。
天だけでも、地だけでも、何も生まれません。
天が働きかけ、地がそれを受け止めて育む。
その交わりから、万物が生まれてくるのです。
これは、男と女の関係にもそのまま当てはまります。
動く力と、受け止める力。
前へ進む力と、包み込む力。
どちらか一方では、何も生まれません。
違う二つの力が交わってこそ、そこに新しいものが生まれる。
恋人同士の会話も同じです。
彼女が、
「今日、仕事で嫌なことがあってさ」
と話したら、まず、
「それは大変だったね」
と受け止める。
そして少し落ち着いてから、
「それで、これからどうしたい?」
と一緒に考える。
受け止める。
そして、動く。
順番を少し変えるだけです。
彼が持っている「何とかしてあげたい」という力をなくす必要もない。
彼女が求めている「分かってほしい」という気持ちを我慢する必要もない。
違う二つの力だからこそ、うまく重なれば、そこに二人だけの新しい関係が生まれていきます。
今夜からできる、小さな一歩
とはいえ、次の会話から急に全部変えようとするのは難しいですよね。
だから、一つだけ試してみてください。
彼がまた、
「だったら、こうすれば?」
と言ってきたら、
すぐに、
「また分かってくれない!」
と結論を出す前に、
「あ、この人は私を助けようとして、前へ動かそうとしているのかも」
と一度だけ彼の言葉を翻訳してみる。
そして、
「ありがとう。でも今日は、解決するよりちょっと話を聞いてほしいな」
と伝えてみてください。
反対に、相手から悩みを話されたときも、
すぐに答えを出す前に、
「今、この人は解決してほしい? それとも聞いてほしい?」
と一度だけ考えてみる。
分からなかったら、
「今日は聞いてほしい? 一緒に考えたほうがいい?」
と聞いてしまってもいいのです。
男女の会話は、パズルのようなもの。
同じ形にする必要はありません。
違う形だからこそ、
相手のピースがどんな形をしているのかを知る。
「なんで分かってくれないの?」
と思った夜に、一度だけ相手の言葉を違う角度から見てみる。
その小さな一歩から、今まで噛み合わなかった二人のパズルが、少しずつ合い始めるかもしれません。