年下の人に追い越されたと感じた日に

年下の人に追い越されたと感じた日に

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占い
鑑定の場で、こんなお話をうかがうことがあります。職場や活動の場で、自分よりあとから入ってきた年下の方が、いつのまにか自分より前の位置にいる。評価の場で名前が先に呼ばれたり、任される仕事の大きさが違っていたり、周りの人が自然とその方を頼るようになっていたり。悔しいというよりも、何が起きたのかよく分からないまま、足元だけがすこし沈んだような感じがする、と話してくださる方がいらっしゃいます。

言い方はそれぞれ違うのですが、同じかたちの重さを何度も受け取ってきました。たいていの方は、その年下の方を悪く言いません。むしろ「あの人はよくやっていると思います」とおっしゃいます。そのうえで「ただ、自分が何をしてきたのか分からなくなりました」と続きます。

その場で私が感じ取るのは、その方の波動が弱まっているのではなく、向きが外側にそろいすぎている状態です。本来はご自身の内側へ戻っていくはずの注意が、全部となりの誰かの位置を測るほうへ使われています。そうなると、ご自身が今どのあたりにいるのかが、自分では見えなくなります。測る物差しを他の人の進み方に合わせてしまうと、自分の歩幅はいつも短く出ます。これは怠けたからではなく、見る方向の問題として映ります。

もうひとつ、よく視えるものがあります。追い越されたと感じた日に、その方の内側では別の静かな動きが始まっていることが少なくありません。これまで握っていたやり方を、一度置いてみようかという動きです。周りに追いつく話ではなく、持ち方を変える話です。ご本人はまだ言葉にできていないので、ただ落ち込んでいるだけのように感じておられます。けれど私のほうからは、ほどけ始めている結び目のように見えます。

ですから、追い越されたという感覚そのものを急いで消そうとしなくても大丈夫だと思っています。その感覚は、ご自身が本当は何を大事にしていたのかを教えてくれる合図になることがあります。もし比べる気持ちが出てきたときは、その人のどこを見て苦しくなったのかを、ひとつだけ言葉にしてみてください。速さなのか、認められ方なのか、のびのびしている姿なのか。そこに、ご自身がこれから欲しいものの形が混ざっています。

同じ出来事が、同じ意味を持つわけではありません。立ち止まる時期として現れる方もいらっしゃいますし、環境を替えるきざしとして出てくる方もいらっしゃいます。どうなるかをここで約束することは、私にはできません。ただ、ご自身の波動の向きが内側に戻ってくると、周りの位置に揺らされる度合いはやわらいでいきます。

いま、あなたの心の中で小さく痛んでいるものがあるとしたら、それはあなたが手を抜いてこなかった証でもあります。どうか、そこを責めないでいてください。

もしご自身の状況について整理したいお気持ちがあれば、プロフィールページもご覧いただけます。
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