片づけても心が軽くならない日に

片づけても心が軽くならない日に

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部屋はきれいになったのに、胸のあたりだけがそのままという日があります。袋を三つも出して、床も見えるようになって、それでも夕方になると息が浅い。片づけが足りなかったのだろうかと、また別の引き出しを開けてしまう。そんな夜に、この文章が届いていたらうれしく思います。

波動を見せていただくとき、よく感じることがあります。重さが載っているのは、物ではなく「予定」や「役割」のほうだという場合が、とても多いのです。物を減らしても軽くならないのは、片づけ方が間違っていたからではありません。重さの置き場所が、はじめから別のところにあったのだと思います。

ですので今日は、何かを足す話をしません。降ろす話だけをいたします。

まず、やらなくていいことの話です。きれいになった部屋を、きれいなまま保つ努力を、今日はしなくて大丈夫です。元に戻ることをこわがって毎日見回るほうが、散らかっていた頃よりも疲れます。片づけは、終わったあとに自分を監視するための行為ではありません。

それから、片づけたことを誰かに認めてもらう工程も、要りません。写真を撮って送る、報告する、わかってもらう。そこまでを一式にしてしまうと、片づけは自分のための時間ではなく、提出物になります。せっかく空けた場所に、新しい宿題を置くことになってしまいます。

次に、手放していいことの話です。「まだ使えるのに捨ててしまった」という後ろめたさは、ここで降ろして構いません。物には役目があって、役目が終わった物を手元に置き続けることが、物への礼儀とは限らないのです。使える・使えないは、持ち主の暮らしが決めてよいところだと思います。

同じように、「もっと早くやっておけばよかった」という自分への採点も、手放せます。やれなかった時期には、やれないだけの理由がありました。眠れていなかったか、気を張っていたか、誰かのことを抱えていたか。その時期を怠けと呼ばないでいただきたいのです。

そして、これがいちばん重たいと感じる方が多いのですが、「人の分の片づけ」まで抱えなくてよいのです。家族の物、置いていかれた物、もう会わない人からもらった物。それを動かす判断を自分ひとりで背負っていると、どれだけ床が広くなっても肩は下がりません。決めなくていい物は、決めないまま端に寄せておくのも、ひとつの扱い方です。

降ろしたあとに残るのは、たいてい静けさだけです。何も達成していないような心細さを感じるかもしれません。けれど私は、その手ざわりを悪いものだとは思いません。やることが減った状態に体が慣れるまで、少し時間がかかるだけだと感じています。

今夜は、片づけの続きをしないという選び方もあります。お茶を一杯いれて、きれいになったところを眺めて、それで終わりにしても、何も損なわれません。軽くなるというのは、たぶん、持ち物の数ではなく、自分に課していた分量が減ることなのでしょう。

もし今、何を降ろしていいのか自分でも見分けがつかないようでしたら、プロフィールページからお話を伺うこともできますので、よろしければのぞいてみてください。
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