正しさを言うか、黙るか

正しさを言うか、黙るか

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「職場で、これは違うと思うことがあります。でも言えば空気が悪くなるし、黙れば自分に嘘をつく気がします。どちらが正しいのでしょうか」

このご相談は、形を変えて何度も届きます。会議で決まりかけたやり方に無理があると分かっている。誰かの言い方が度を越えている。手順が省かれているのを見てしまった。そのたびに胸の奥で何かが立ち上がって、口まで来て、止まります。

波動を見せていただくと、こういうときに揺れているのは「正しさの中身」ではないことが多いです。何が妥当かは、ご本人の中ではもう決まっています。揺れているのは、それを言った後に自分がどこに立つことになるのか、という部分です。言えば、少なくともその場では自分が波風の出どころになります。黙れば、その場は静かなままで、代わりに自分の内側に小さな澱みが残ります。どちらにも痛みがあるので、選べなくなります。

ですから「言う/黙る」の二択で考えている間は、答えが出にくいのだと思います。実際には、その手前にもう一つ分かれ道があります。それは「これは私が引き受ける範囲のことなのか」という問いです。

たとえば、誰かが不利益を受けていること、安全や約束に関わること、自分の名前で出ていくものの中身。これらは、黙っていると澱みが長く残ります。言葉にしておいた方が、後のご自身が楽になりやすい領域です。

一方で、やり方の好み、進め方の順番、他の方の性格に属すること。ここは、言わなかったからといって自分に嘘をついたことにはなりません。見えてしまったものを全部正さなくてよい、という許しを、ご自身に出していただいてよいところです。見える方は、見えるがゆえに全部が自分の仕事のように感じてしまいます。けれど見えることと引き受けることは、別のことです。

その上で「言う」を選ばれるなら、お伝えしたいことが一つあります。正しさは、通そうとすると固くなります。固いものは、相手の中で正しさとしてではなく、圧として受け取られます。ですので、言うときは正しさの形を少しゆるめて、「私はこう見えています」という置き方にしてみてください。相手の間違いを指摘する形ではなく、自分の側から見えている景色を一つ差し出す形です。これは妥協ではありません。届く形に変えるという、技術のほうの話です。

そして、言っても通らないことがあります。そのときに「言った意味がなかった」とは思わないでいただきたいのです。結果が変わらなくても、自分が自分に嘘をつかなかったという事実は残ります。多くの場合、後になって効いてくるのはそちらです。

今まさに迷っていらっしゃるなら、今日は決めなくてもよいかもしれません。「これは引き受ける範囲か」を一晩置いて眺めるだけでも、朝には輪郭が変わっていることがあります。急いで言わなかったことは、たいてい取り返しがつきます。

ご自身の中の線がどこにあるのか、言葉にしてみたいときには、プロフィールページからお気軽に覗いてみてください。
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