古い写真が、まだ生きている理由

古い写真が、まだ生きている理由

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昔の写真を開いた瞬間に、呼吸が浅くなることがあります。まだ何も考えていないのに、胸の真ん中だけが先に反応してしまう感覚です。そういうとき、多くの方が「自分はまだ引きずっているのだ」と受け取ります。前に進めていない証拠だと思い、そっと写真を閉じて、見なかったことにしようとなさいます。

その受け取り方は、とても自然だと感じます。世の中には、過去を手放すことが成熟で、振り返らないことが強さだという話があふれています。痛みが出るのは執着で、執着があるうちは幸せになれない、と聞かされてきた方も少なくないでしょう。だから痛みそのものを、自分の弱さの証明として扱ってしまいます。

ただ、波動を見せていただくと、少し違う景色が広がります。古い写真の前で揺れている波は、過去にしがみついている重たい波ではありません。むしろ、当時その場に置いたまま持ち帰れなかった感情が、今になってようやく動き出した、やわらかい波として届きます。

人は、強い時間を過ごしているあいだ、感情の処理を後回しにします。目の前のことに対応するだけで手一杯で、感じる作業は保留になります。そして何年か経って、安全な場所にたどり着いた頃に、保留にしていた分が順番を待っていたように戻ってきます。胸が苦しくなるのは、過去が終わっていないからではなく、ようやく感じられる余裕が生まれたからだと、私は受け取っています。

つまりその痛みは、後ろ向きの印ではなく、心が残りの宿題に手をつけ始めた合図に近いものです。写真を見て何も動かなくなることが回復ではありません。動くけれど、そのまま座っていられるようになることが、回復の形だと感じます。

もし次に写真で苦しくなったら、急いで閉じなくても構いません。一枚だけ残して、そこに写っている自分に「よくあの時間を渡ってきたね」と声をかけてみるのもよいかもしれません。評価も反省もいりません。当時受け取れなかった分を、今の自分が受け取り直すだけで十分です。涙が出たなら、それは壊れた音ではなく、固まっていたものがほどけた音だと思っていただけたらうれしいです。

同じ写真が、別の日にはまったく痛まないことも起こります。波はいつも一定ではありませんから、痛んだ日は「今日は受け取れる日だった」と理解していただいて構いません。見返せない時期があってもかまいませんし、その時期は、まだ保留のままでよいという心の判断だと私は考えています。

胸の奥で何が動いているのかをもう少し言葉にしてみたい日があれば、よろしければプロフィールページをのぞいてみるのも一つかもしれません。
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