はっきりしない関係のなかにいると、自分の気持ちさえよく見えなくなってきます。相手を責めたいわけでもなく、別れたいわけでもなく、ただ疲れている。そういうご相談を、私は本当によくお受けします。
そんなとき、多くの方が「もっと自分を磨こう」「もっと相手を理解しよう」と、さらに何かを足そうとされます。けれど波動という視点で見ると、疲れているときの心にはもう十分すぎるほど荷物が積まれています。足すのではなく、降ろす。今日はそのお話をさせてください。
まず手放していいのは、相手の気持ちを言い当てようとすることです。連絡の間隔、言葉の選び方、既読の速さ。そこから相手の本心を読み解こうとする作業は、想像以上に体力を使います。しかも答え合わせができないので、いつまでも終わりません。相手の心は相手のものだと一度置いてみると、驚くほど呼吸が楽になる方がいらっしゃいます。
次にやらなくていいのは、この関係に名前をつけようとすることです。恋人なのか、友達なのか、都合のいい相手なのか。名前が決まらないと不安になりますが、名前は関係を説明するための道具であって、あなたの気持ちを決めるものではありません。名前が空欄のままでも、あなたが今どう感じているかは、ちゃんと存在しています。
三つめに降ろしていいのは、決断を今すぐ出そうとすることです。続けるか終わらせるか、その二択を今日中に決めなければならない理由は、たいていの場合ありません。疲れているときに出した答えは、休んだあとの自分から見ると別の景色に見えることがあります。決めないでいることも、ひとつの選び方です。
そして最後に、自分の気持ちを立派なものにしようとしなくて大丈夫です。「本当は大切に思っている」「自分にも悪いところがある」と、感情をきれいに整えてから口に出そうとすると、いちばん素直な部分が置き去りになります。寂しい、しんどい、もう嫌だ。そういう飾らない言葉のほうが、あなたの本音に近いことが多いように感じます。
こうして降ろしていくと、最後に何が残るでしょうか。私が鑑定でお伝えしているのは、残ったものこそが確かめたかった気持ちです、ということです。判断や理屈をはがしていったあとに、それでも消えずに残る感覚。会いたい、と静かに思うのか。もう静かに過ごしたい、と思うのか。それは頭で探すものではなく、荷物を降ろした場所に、もともとあったものだと私は捉えています。
紙に書き出す必要も、誰かに相談する必要も、今すぐにはありません。目を閉じて、相手のことも将来のことも一度脇に置いて、ご自分の胸のあたりに意識を向けてみてください。重たいのか、あたたかいのか、それとも何も感じないのか。感じ取れなくても構いません。感じ取れないという状態そのものが、今は休みたいという合図であることもあります。
曖昧な関係が続いていること自体は、あなたが優柔不断だからでも、我慢が足りないからでもありません。答えの出ないものに、それでも誠実に向き合ってきた時間があったということです。その時間を否定しないまま、荷物だけをそっと降ろしていただけたらと思います。
もしお一人で降ろしきれないものがあるようでしたら、私のプロフィールページも覗いてみてください。