【失敗、間違いを軽んじる発想】
記事
学び
日常的スピリチュアル、安田です。
私たちは、失敗、間違いから
避けることはできません。
実行すれば失敗するし
間違うこともあるのですが
失敗しても、間違っても
大した問題ではないのです。
成功の確率というのは
良くて一割であり
大抵は一厘以下なので
ほとんどの歩みは
失敗するし
間違うことばかりなのです。
失敗するたびに
間違うたびに
落ち込んでいたのでは
後退するばかりなので
失敗、間違いを
軽んじる発想が必要なのです。
現実的に失敗したこと
間違ったことは
どうにもできないのです。
どうにもできないことを
引きずってしまうと
前に進めなくなります。
私たちの記憶は
常に蓄積されているので
過去の記憶が大きくなり
無意識に後悔して
今の歩みに集中することが
できなくなることがあります。
過去の記憶を小さくすることで
今の歩み、努力に集中することができ
投入することができます。
過去の記憶を小さくするには
瞑想の習慣が必要なのです。
私たちの失敗
間違いというのは
かすり傷程度のことであり
大した問題ではないのです。
真面目な人は
失敗、間違いを
わざわざ大きくしてしまい
自分で歩みにくくして
しまっています。
軽んじる発想というと
語弊に聞こえる人もいますが
深刻に考えても
どうにもできないこともあります。
発想というのは
考え方を身につけることで
発想しやすくなるのですが
考え方を身につけるには
学びの積み重ねが必要なのです。
考え方を身につけることで
意識することができ
意識していくことで
発想することができます。
時代的に、スピードが
求められているので
切り替えの早さが
求められています。
一つのことに集中し
投入していきながら
失敗、間違ったとしても
即切り替えて
新しく挑戦することで
スピード感覚の歩みが
できるようになります。
失敗、間違いというのは
学ぶことができるので
無駄にすることはできません。
失敗、間違いを軽んじながら
何が学べるのかを意識して
活かしていければいいのです。
すぐに答えを見いだせなくても
意識したことというのは
ある瞬間に答えを
見いだすことができます。
自分が失敗したこと
間違ったことは
自分だけが覚えていて
他の人は覚えていません。
なぜなら、人は他人には
興味関心がないからです。
失敗しても、間違っても
時間と共に忘れられていくので
大した問題ではなくなっていくのです。
歩めば、努力すれば、実行すれば
失敗、間違いは避けられないのです。
どんなに天才的に歩んでいても
失敗、間違いを通過する時期があり
その時期に学んだことが
大きな糧になるのです。
もし、全てのことが
何の失敗もなく、間違うこともなく
スムーズに事が進んだとしたら
何の面白みもありません。
ゲームで言えば
常に無敵の状態であるので
簡単にクリアすることができ
非常につまらないゲームになります。
失敗も、間違いも無ければ
何も学ぶことはできないし
成長することができなくなります。
失敗、間違いを軽んじることで
歩み、努力、実行がしやすくなり
前に進み続けることができます。
どんな失敗でも、間違いでも
かすり傷程度のことにしてしまえば
チャレンジし続けることができ
今の時代、これからの時代に
合わせた歩みが
できるようになります。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌