【自我意識を自覚することで自己責任が悟れる】
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日常的スピリチュアル、安田です。
人が他の動物と
何が違うのかというと
「自我意識」がある
ことが違うのです。
自我意識は人にしかない意識であり
他の動物には本能しかないのです。
その本能が感情のままに
生きるようになっています。
人が万物の霊長と
言われるのは
自我意識があるからなのです。
本能的、生理的には
他の動物とは大差はないのです。
自我意識というのは
自分の意志で決めることが
できる意識のことをいいます。
自我意識を自覚することで
自己責任を悟ることができ
全うしようとする歩みができます。
どんなことをするにも
決めなければできません。
どこかに行く場合も
行く場所を決めなければ
行きようがないのです。
決めることによって
自己責任の自覚ができ
悟ることができ
悟った通りの歩みが
できるようになります。
自我意識を自覚するというのは
決めれる力があることを
自覚するということであり
決めた通りに歩めることを
自覚するということです。
自己責任に重荷を
感じてしまう人がいますが
自己責任を悟ることで
重荷ではなく
成長欲求が満たせることを
悟ることができます。
成長欲求は
人にしかない欲求なのです。
他の動物は
身体の成長はしますが
精神的な成長はしないのです。
人の成長には
上限がないのですが
精神的な成長なので
上限なく成長ができるのです。
身体の成長は
他の動物と同じように
限度があります。
成長欲求には上限がなく
どんなに満たしても
限度、限界を感じないのです。
ただ、成長欲求は
努力をしなければ
満たせないのです。
努力ができない、したくない人は
成長欲求を満たすことができないので
他の何かで満たそうとするのですが
一時的、一瞬の快楽を満たしても
空しくなるだけなのです。
時代、環境が成熟することで
一時的、一瞬の快楽が
より空しくなってしまい
本質を求めるようになります。
本質を悟ることで
努力をすることで
成長欲求が満たされることを
感じることができるのです。
努力というのは
意図的に決めなければできません。
習慣にして、体質にすれば
ほぼ無意識の境地で
ルーティンにすることができますが
最初は決めなければ
何もできないのです。
どう努力をするのかは
自分で決めなければ
続けることができません。
主体的に決めることで
主体的に歩むことができ
続けることができます。
基本的な努力は
学ぶこと、実行すること
瞑想、運動なのですが
意図的に決めることで
努力を続けることができるのです。
努力は負荷をかけることなので
苦しさを感じます。
苦しさの先に成長欲求が
満たされるのですが
義務、強制では苦しさに
耐えられないのです。
努力を続けるには
忍耐が必要なのですが
成長欲求が満たされることを
感じているので
忍耐し続けることが
できるのであって
義務、強制という我慢では
努力を続けることはできません。
自己責任を
深い境地で悟ることで
重荷ではなくなるのです。
むしろ、心理的な自由を
感じることができるので
自己責任があることが
喜びでもあるのです。
もし、私たちに
自己責任がないとしたら
自我意識もないので
自分で決める意識が
できなくなります。
そうなると、他の動物と同様に
ただ生きて、老いて死んでいくという
何も残らない生き方になります。
自我意識を自覚することで
自己責任を悟ることができ
自己責任を悟ることで
成長欲求を満たす歩みが
できるようになります。
今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌