【凡人さを悟る】

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学び


日常的スピリチュアル、安田です。

凡人さを悟ることで
努力の必要性を
悟ることができます。
凡人というのは
劣っているということではなく
ごく普通だということです。
天才的な人というのは
ごく稀な人なので
稀な人からは
学ぶことはできません。
ほとんどの人は
凡人であるので
凡人さの悟りが
必要なのですが
凡人さを悟りたくない
人もいます。
凡人さを悟れないことで
「最小の努力で最大の結果を得る」
という、奇跡的なことを
願ってしまうのです。
凡人さを悟り
受け入れることで
気楽に歩めるのです。
失敗しても
時間がかかっても
感情が揺れて
前に進めなくなっても
「凡人だから仕方がない」という
良い意味での言い訳ができるのです。
もちろん、いつまでも
「仕方がない」という
逃げではいけないのですが
凡人さの悟りによって
無駄に力まなくて済むのです。
凡人なので努力が必要であり
成長に時間がかかるので
長期視点が必要なのです。
天才というのは
大して努力をしなくても
簡単にこなしてしまうのですが
天才はつまらないのです。
挫折という刺激もないし
限界までの努力が
必要ないので
成長欲求を満たす歩みが
できないのです。
ごく稀な天才というのは
持って生まれた才能、能力を
自然に発揮することが
できるのですが
ごく稀なので、その感覚は
分かりようがないのです。
ごく稀な天才には
凡人が分からないし
凡人には天才の感覚が
分からないのです。
私たちは
天才を目指す努力はできますが
天才になることはできません。
努力をして
実力を身につけて
天才に近づくことはできても
努力をしないで
天才になることはできません。
天才というのは
一つのことだけが
優れているのであって
全てが優れているのではないのです。
何かがやたらと優れていると
何かがやたらと劣っているというのは
全ての人に共通しています。
ごく稀な天才といっても
一部分だけを見ているのであって
全てを見ているのではないのです。
これからの時代では
完全完璧さよりも
ダメなところ、劣っていることに
魅力を感じるようになります。
なぜなら、人工知能が
身近になることで
完璧さに飽きてくるからです。
人工知能に質問することで
結論的な答えを
教えてくれますが
結論を知っていても
そうできないことが
私たちの悩みなのです。
理屈的には
教えられた通りに
やればいいだけなのですが
感情の不安定さによって
やるべきことができなくなってしまうのです。
人工知能の完璧な答えに
行き詰まりを感じてしまい
癒し的なことが求められてきます。
凡人さを悟ることで
自分のペースで
歩むことができ
努力することができます。
凡人であれば
大して期待されていないので
伸び伸び歩むことができます。
私たちの歩み、努力は
現実の環境の中で
最善を尽くしながら
投入することしかできません。
時間、空間の制限の中で
歩むしかないので
大したことはできないのです。
今できることに
最善を尽くすというのは
地道な歩み、努力を
積み重ねるということです。
凡人さを悟ることで
当たり前のことを
当たり前にできるようになり
確実な歩みができます。
時代の恩恵が大きくなっても
凡人は凡人なりに
歩んでいくしかないので
今できることに最善を尽くし
投入する歩みをしていけばいいのです。

今回も読んで頂きましてありがとうございました。
安田 悌
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